すべてを失って捨てられましたが、聖絵師として輝きます!~どうぞ私のことは忘れてくださいね~
「エリオス……私は、一生あなたのために絵を描くわ。まだ見せていない絵もたくさんあるの。だから、どうか目を覚まして」

 祈るように口にした言葉は、静寂の中に吸い込まれていく。
 しばらく彼の顔を見つめたあと、私はふと窓の外に目をやった。
 先ほどまで降っていた雨が止んで、雲間から淡い月が顔を覗かせている。

 私はゆっくりと立ち上がって、静かに窓を開けた。
 夜の風がそっと頬を撫でる。

 月明かりの下に立ち、そっと夜空を仰ぐ。

 浮かんでくるのは彼と初めて出会ったときのこと。
 ともに過ごした時間はそれほど長くはないけれど、それでもお互いを深く知って想い合った。

 彼に触れられたときの感覚は、少し緊張して、それでも愛おしくて、幸せで切なかった。


 私の手から生み出されていく不思議な光は、夜の中で丁寧に紡いであたりを眩く照らしていく。
 やがて淡い輝きが重なって、男女の姿が浮かび上がった。

 ふたりは寄り添い、穏やかに笑っている。
 久しぶりに自分の”思い”をぶつけるように描いた。
 この絵を本当に見てほしい彼は、まだ目覚めない。

 それからも、月明かりがある限り、私は毎晩描き続けた。
 悲しみと切なさを抱きながらも、描き上げる絵のふたりはいつも、笑っていた。

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