もう分別のある 大人ですから
休日、買い物を終えて駅へ向かう途中、改札の向こうに見覚えのある顔があった。

思わず、二度見する。
改札の外に立っていたのは赤澤だった。

赤澤もこちらに気づいたらしく、目が合う。
その隣には、もう一人男の人がいて、二人そろって夏希をじっと見ていた。

何か言われる前に通り過ぎようとした、その瞬間。

「青葉?」

呼び止められて足が止まる。
赤澤が、黒木を制するように軽く肩を押した。

――そうだ。
赤澤が言っていた、「今度結婚する」って人。

「黒木だよね。結婚、おめでとう」

「え? あ、ありがとう」

一瞬、なんで知ってるんだという顔をしてから、赤澤を見る。
すぐに納得したようだった。

「このあとさ、コイツん家行くんだけど、青葉も来る? いいよね?」

赤澤の返事を待たずに誘い、あとから同意を求める。

「……夏希がいいなら」

赤澤はそう言って、夏希の表情をうかがった。

この前のことが頭をよぎる。
気まずさはあったけれど、ここで断るのも変な気がした。

「じゃあ……少しだけ」

そう言ってしまった自分に、あとから後悔することになるとわかっていながら。



「おじゃまします」

部屋に入ると、人の家の匂いがした。
知らないはずなのに、不思議と落ち着く。

広くはないけれど、きちんと片づいていて、
いかにも男の一人暮らしらしい部屋だった。

「そこ座っとって」

赤澤は手際よく、食べ物と飲み物を机に並べていく。
夕日に染まっていた部屋は、いつの間にか照明の色に変わっていた。

「夏希、何飲む?」

「お茶でいいかな」

「酒ダメ?」

黒木がすぐに突っ込んでくる。

「ダメじゃないけど……今日はやめとく」

「そっか、残念」

床に座って乾杯する。
赤澤がさりげなくクッションを差し出してきて、夏希はそれを受け取った。

――こういうところ、ずるい。

会話は、思った以上に自然だった。

人間関係の話。
距離感の話。
一人で生きていけるけど、誰かがいてくれたら少し楽だという話。

赤澤が、自分と同じようなことを考えていると知って、少し意外だった。
もっと、何も考えていない人だと思っていたから。

「真面目すぎだろ、お前ら」

黒木が笑う。

「でもさ、そうやってちゃんと考えてるやつには、いいことあるって」

その言葉が、やけに胸に残った。



気づけば、いい時間になっていた。

「送ってけよ」

黒木にそう言われ、赤澤と二人で外に出る。

並んで歩く帰り道。
会話は途切れがちで、その沈黙が妙に心地よかった。

家が近づいたとき、赤澤がそっと手を伸ばし、夏希の手を取った。

ドキッとした。
嫌じゃなかった。

でも、すぐに手を離した。

赤澤は何も言わず、それ以上触れようとはしなかった。

家の前に着き、赤澤が「じゃあ」と踵を返す。

「春」

咄嗟に、呼び止めていた。

「言ってなかったけど……私、彼氏いる。
 だから、さっきはごめん」

少しの間があって、赤澤は頷いた。

「うん。大丈夫。俺のほうこそ、ごめん」

それだけ言って、来た道を戻っていく。

その背中が、なぜだか少しだけ、
寂しそうに見えた。
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