もう分別のある 大人ですから
それから仕事が立て込み、冬馬の家には数週間行けなかった。
正確に言えば、行こうと思えば行けた。でも、どうしても気持ちが向かなかった。
理由をはっきり言葉にできないまま、少し距離を置きたかった。

連絡は途切れなかった。
空いている日を聞かれたり、会いたいというそぶりを見せられたりもしたけれど、
そのたびに夏希は曖昧にかわしていた。

仕事がひと段落した帰り道、解放感に包まれながら駅のホームに向かうと、赤澤も同じタイミングで帰るところだった。

「お疲れ」

「おつかれさま」

そういえば、赤澤とは最寄駅が同じだった。
歓迎会の日は冬馬の家へ向かったから逆方向のホームに立っていたけれど、赤澤はそのことに触れなかった。
気づいていないのか、それとも気づいたうえで何も言わないのか。

「黒木って覚えとる?」

「弓道部だった人だよね。なんとなく覚えてる」

「あいつ、今度結婚するんだって」

「そうなんだ。おめでとうだね」

「まだ三十前だけどさ。周りはどんどん結婚したり、子どもできたりしてて。ああ、もうそういう年なんだなって思った」

「わかる。男の人の三十って、まだ余裕ある感じするけどね。私の周りも、結婚した子とか、本気で考えてる子が増えてきたなあ」

赤澤とこんな話をするのは、どこか不思議だった。

「やっぱ、女の人は三十前に結婚したいもんなの?」

「できるなら、そう思う人は多いと思うよ。
 女なんて二十歳超えたら、衰えていく一方だし」

「……」

「こういうときは、ちょっとくらい否定するもんだよ」

「んー、夏希はあの頃から変わっとらんよ」

「喧嘩売ってる?」

「ちがうって。あの頃から美人さんだった」

「お世辞がお上手で」

軽く流したつもりだったけれど、赤澤の言葉が胸の奥に残って、顔が熱くなるのを感じた。

もう大人だから、こういうときのかわし方くらい、ちゃんと身についている。
それでも、耳の奥だけが少し赤くなっているのを、自分では誤魔化せなかった。

話しているうちに最寄駅に着き、改札を出た。
途中まで並んで歩き、分かれ道で軽く手を振る。

「じゃあ、また」

そう言って、それぞれの帰り道へ進んだ。

この日も、夏希は赤澤に
彼氏がいることを告げなかった。
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