離縁を告げた夜、堅物御曹司の不器用な恋情が激愛豹変する

 彼女の強い決意は理解したが、さすがにすぐに書こうという気にはなれず、離婚届を取り出さないまま引き出しをそっと閉じる。

 そして、ベッドをぎしりと軋ませて彼女のそばに腰かけると、少しずれていた布団を肩までかけ直し、遠慮がちに髪を撫でる。

「不甲斐ない夫で、本当にすまない……」

 悠花は熟睡しているのだろう。ピクリとも反応せずに、安らかな寝息を立てている。見つめれば見つめるほどに愛しさが募って、彼女を手放す覚悟が揺らいでしまう。

 悠花との結婚生活はもう、修復不可能なのだろうか。俺はまだこんなにもきみを愛しているというのに……。

 たまらず寝室を出た俺はとりあえずシャワーで汗を流すことにしたが、眠るときも彼女の隣には戻らず、リビングのソファで夜を明かすことにした。

 気持ちが落ち着かないせいかなかなか眠れずにいたものの、明け方にようやく眠気が訪れ、うとうとし始める。

 まぶたの裏に、悠花の姿がぼんやりと浮かんでくる。

 徐々にハッキリと見えてきたその顔は、うんざりしたような苦笑を浮かべていた。

『女って、重すぎる愛情を注がれると冷めちゃうんです。だから、珀人さんがやっていることは逆効果。ずーっと同じ人に愛され続けるのって退屈なんです』

 ……違う。これは、母に聞かされた言葉だ。しかし、なぜ悠花がそれを言う?

 彼女も胸の内では同じことを思っているのか?

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