離縁を告げた夜、堅物御曹司の不器用な恋情が激愛豹変する
悠花はしばらく黙り込んだ後、俺の手をさりげなくほどいて、ベッドから下りる。
「悠花? ……無理をして歩くと危ないぞ」
「大丈夫です……」
歩き方が覚束ないのですぐそばで見守っていたが、悠花はゆっくり歩みを進め、ひとつの棚の前で立ち止まる。
彼女が手を伸ばしたのは、離婚届をしまってある引き出しだった。
なにをするつもりかと思っていると、引き出しの中から離婚届を取り出した彼女は、畳まれていたそれを大きく広げる。そして、ビリビリと派手な音を立てて、唐突に中央から半分に裂いた。
どこか鬼気迫るその様子に声をかけることができず、彼女の後ろでただ呆然と立ち尽くす。
悠花は半分になった離婚届をさらに細かく裂いていき、最終的に小さな花びらのようになった紙を、ひらひらと床へと落とす。
最後の欠片が彼女の手から離れると、悠花はこちらを振り向いた。
なにかを覚悟したように、凛とした表情をしている。
「私、あなたを信じます」
今のは、彼女の中にある迷いを断ち切るための儀式だったのかもしれない。彼女の視線は少しもぶれることなく、俺に注がれていた。
胸に熱いものがこみ上げ、彼女への愛おしさがあふれる。
俺は彼女の背中を引き寄せて強く胸に抱きしめると、その耳元で囁いた。
「あんなもの、もう二度と用意させない。……愛してる」
「珀人さん……ありがとう」
小さな彼女の手が、俺の背中にギュッとしがみつく。
俺たちのもとに訪れた奇跡が、悠花の中に宿った宝物が、切れかけていた夫婦の絆を繋いでくれたようだった。