離縁を告げた夜、堅物御曹司の不器用な恋情が激愛豹変する
「……なんて、ちょっと上司ぶってカッコつけすぎたかな。企画系の仕事にはブランクがあるのにいきなり課長なんかになって、みんなからの信頼を得ようと必死なんだ。きみは人妻なのに、無理やり一緒に食事させちゃってごめんね。俺、あっち行くから」
真木さんが後ろを振り返り、先ほど空いたばかりのソファ席を示した。既婚者である私に気を遣ってくれているようだ。
自社ビル内のカフェや社員食堂では、偶然異性の同僚と食事をともにする機会もままあるし、今回の場合相手は上司。男女がふたりでいるからといって変に勘ぐる人もいないと思うけれど。
もしかしたら、真木さんの方こそ恋人か奥様が嫌がるのかもしれない。
「こちらこそすみません、気が回らなくて。真木さんの大切な方が気にされますよね」
「いやいや、そんな人はいないから大丈夫。身軽な独身貴族だから、どうぞ仕事でもこき使って。ただ、俺が財前社長に睨まれたら怖いってだけ。それじゃ、また後で」
冗談めかしてそう言った彼は、スッと立ち上がって席を移動する。
どうやら真木さんは独身で、恋人もいないらしい。葵ちゃんの予想がことごとく的中していて感心する。
女好きかどうかはさすがに判断できないけれど、そんな先入観を持って接するのは真木さんに失礼だろう。
それに少なくとも……一年一緒に暮らした妻に少しも情を見せない珀人さんよりは、優しい人だ。
そう思うとふいに鼻の奥がツンとして、瞳に映る食べかけのサンドイッチが、かすかに揺れた。