離縁を告げた夜、堅物御曹司の不器用な恋情が激愛豹変する
「あの人が社長だった頃は来たことはなかったけれど、すごい部屋ね。珀人も偉くなったんだ」
「それで、用件は?」
俺には親子らしい会話をするつもりなどなかったため、そっけなく尋ねる。母は目元に寂しそうな気配を漂わせたが、俺は気づかないふりをした。
「珀人に……謝ろうと思って」
「今さらなにを?」
自分でも驚くほど、冷たい声が出た。母もビクッと肩を震わせ、気まずそうな表情になる。いくらなんでも大人げなかったかと思い、一度深く息を吐いて心を落ち着ける。
「怒っているわけじゃない。俺たちはもう別々の道を生きているのだから、謝る必要はないという意味だ」
「……わかってる。きっと自己満足でしかないって。それでも一度、あなたに謝りたかった。……私、もうすぐ再婚するの。その人と出会って、昔の自分がいかに幼かったかって気づいた。見苦しい夫婦喧嘩や大人の勝手な事情に子どものあなたを巻き込んだこと……本当に悪かったと思っているわ」
母はそう言って、深々と頭を下げた。許すとか許さないではなく、俺の中で母親はすでに他人に近い存在になっている。
そんな人に頭を下げられても深い感慨などないが、過去を省みる余裕ができたということは、今が幸せな証拠だろう。
そうやって、どこかで元気に生きていてくれればいい。