離縁を告げた夜、堅物御曹司の不器用な恋情が激愛豹変する
愛を伝える重要性――side珀人

「ほらほらお父さん、赤ちゃんが溺れてるわよ!」
「……っ。す、すみません」

 助産師さんに叱られ、慌てて人形の口もとを湯から出す。

 悠花が妊娠三十週、八カ月に入り、俺たちは産院の両親学級に参加していた。

 現在は本物そっくりの新生児人形を使って、沐浴指導を受けている最中。先に指導を受けた悠花はそつなくこなしていたのに、俺は自分でも驚くほど不器用だった。

 机に置かれたベビーバスの前で背中を丸め、指先で必死に人形を綺麗にする。

 力を入れすぎると壊してしまいそうだし、かといって撫でるだけではダメと助産師に叱られるしで、俺は小さな人形を前に、今まで感じたことのない緊張を強いられる。

「ここの、首の皺をよーく伸ばして洗ってあげるの。汗でほこりが溜まりやすいからね。脇と手のひらも。そうそう」
「なるほど……」

 部屋が暑いわけでもないのに、額に汗が浮かぶ。

 悠花に誘われて気軽に参加した両親学級だったが、もしもこれを経験せずにいきなり生身の赤ん坊を風呂に入れることになっていたらと想像すると、恐ろしくなる。

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