夜を繋いで君と行く
ただいま、おかえり
* * *

 「いってらっしゃい」と見送ったとき、妙な間ができて「…う、ん。行ってきます」と言ってくるりと背を向けた律のことが気になりながらも、怜花は少し眠たくなっていた。律の家は自分の家よりも格段に眠くなるから不思議だ。
 怜花の家から戻ってきて、律の収納の一部(とはいえ全然使われた形跡のないスペース)に、怜花は荷物をまとめた。そこまで大量に服やメイク道具、生活に必要な歯ブラシなどのものを持ってきたわけではないため、スペースがかなり余り、律は腕を組みながら「まだまだ置けるね。もっと持ってきて。また車出すから。」とだけ言った。
 昼はあんかけかた焼きそば、そして夜は無水カレーを食べ、久しぶりに3食きちんとしたものを食べた怜花は、自分の体に残るエネルギーに改めて驚いていた。何を考えるのもするのも億劫だったのに、まだまだ動けそうなくらい力がある気がする。きちんと食べる、寝るということは生きる基本なのだということを実感する。律のいない間に食器洗いや洗濯、風呂を済ませて、できれば少し明日の献立を考えたり、律の冷蔵庫に残せるようなものを作っておいたりしたかった。律がいる間はすぐ座らせられるし、たくさん動くのは制限されていたからだ。

(…でも眠い。結構食べたからかなぁ。)

 ソファの上にある丸いクッションに手を伸ばす。このクッションは、怜花が前にこの家に来ていた時にはなかったものだ。昨日は余裕がなくてわからなかったが、よくよく見るとこの家には物が増えていた。玄関先のスノードームも、マグカップも、このクッションも。
 クッションを抱きしめ、顔を埋めるとほのかに律の空間の香りがした。柔軟剤の匂いなのか、それとも愛用の香水でもあるのかわからないが、強くは香らないものの確かにある律の香りは、やっぱり眠気を誘う。前はもっと緊張していたような気もするが、今は緊張よりもただ、不思議なほどに眠い。

(…まだ8時…とかだった気がするし、今寝てもさすがに律が帰ってくる前には…起きるでしょ…。)

 眠りが深すぎて寝坊したことはないし、この時間に起きたいと思って眠るとそれよりも少し前に起きることができるという謎の体質をもっている。

(寝てなさいって律には言われたけど…家主を差し置いて我が物顔でベッド使って寝てるのもどうなの?って思っちゃうしな…。)

 空調は温かいままセットされている。これ以上下げたらダメだと強く念押しされて。過保護な律は暖房を切ることすら許してはくれなかった。そんなことを思い返しながら、怜花はクッションを抱いたまま、ソファの上で目を閉じた。
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