夜を繋いで君と行く
 呼び捨てで呼んだことなど一度もないはずの人が、ここで使うにはもってこいの、一番いい声でそう呼んだ。名前を思わず言ってしまいそうになって堪える。彼は誰に知られているかわからない、絶妙な知名度をもつ人だ。真っ直ぐに怜花の元に向かってきたその人は、メガネとマスクで顔がほどよく隠れていた。怜花の手をとると、恋人みたいに指を絡めてギュッと握った。

「怜花。」

 近くに来て呼ばれると、実はこの人、こんなドスのきいた声も出せるのかなんてことを思う。そのくらいいつもと違う、ピリッとした声だった。怜花がソシャゲで聞くようなキャラクターでも、こんな声は聞いたことがない。

「俺の彼女に何の用?」

 彼女では当然ながらない。しかしおそらくここはこの流れに乗るしか逃げ道はない。二階堂が醸し出す雰囲気がおそらくかっこよかったのだろう。少なくとも浮気を目論んだ自分よりは数段上の存在だということが男にもわかったようで、怜花と二階堂を交互に見つめて、何も言えないでいる。

「…もういい。早く帰ろ。」
「成敗しなくて平気?」
「成敗って。…ふふ、言い回し面白い。帰ろ帰ろ。めんどくさい。」
「怜花がそれでいいならいいよ。」

 きゅっと握られた手に力が入った。仕方ないなぁと思って、怜花も強く握り返す。帰り道、と言ってもどこに向かっているのかわからないがひとまずそのまま歩く。そのまま5分は無言で歩いたように思う。怜花が手の力を緩めても、二階堂は離してくれそうにはなかった。

「あの〜二階堂さん?」
「ん〜?」

 あまりにも力の抜けた返答に、繋いだ手の側を少し見上げて尋ねた。

「いつまでこれ、やります?もういないから、演技も大丈夫ですよ。」

 繋いだ手を持ち上げて、軽く振ってみる。怜花は絡んだ指の力を緩めたが二階堂は変わらずだ。
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