夜を繋いで君と行く
「…彼氏いるって通しなよ、とりあえず。」
「え…?」

 思いもよらぬ提案で、一瞬頭がフリーズする。が、なんとか思考を戻して、怜花は口を開いた。

「…嫌じゃないですか?誤解というか、本当のことじゃないのに。」
「嫌だったら助けないし、俺の彼女だとかも言わないよ。」

 不意に向けられた笑顔が優しい。揶揄うような、前に向けられた笑顔とは違う。その笑顔が作る温度を、怜花は知らない。

「実際、収録で言ったことがあったようなシチュエーションだったから、言ってる時だけはワクワクしたし。あんなのリアルで起こるんだね。…成り行きとはいえ、なんか、間に合ってよかった。」

 本当にただの独り言みたいに夜に溶けていった二階堂の声が、怜花の耳の中にこだまする。

「…本当に大丈夫なんですか?その、芸能人とは言いませんが、彼女がいるってなったら、評判下がってとか色々…あるんじゃないかと思うんですが…。私、一般企業に勤めたことしかないので、声優業界の御法度なんてわかりませんよ?」
「毎週デートしたいとか、そういうこと言うタイプ?」
「い、いえっ!ていうか付き合ってるわけじゃないのに、そんな色々要求しません!」
「でしょ?たまに連絡とって帰りは迎えに行けそうならして、とかくらいで撃退できるかな?そのくらいなら全然大丈夫だし、声優業界の御法度なんて情報漏洩くらいしか思いつかないな、俺。」
「…迷惑じゃない、ですか。」
「うん、全然。」

 二階堂は即答だった。そこに嘘が滲んでは見えなくて、怜花は俯きながら質問した。

「…どうして、こんな面倒を引き受けてくれるんですか?」
「成り行きっちゃ成り行きだけど、でもこの前、俺結構楽しかったからさ、怜花ちゃんと話したの。だからもう少し話したい感じがする。」
「それだけで彼氏役ってリスキーじゃないですか!」
「え、そう?そんなことないって。そういえばさ、家ってどこ?家知られるの嫌なら、最寄りまででもいいけど。」

 引き際を作るのも、距離を取るのも妙に上手くて、三手先くらいまでを見通して動いているような人。今のところ、怜花の中の二階堂はそういう人だった。
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