夜を繋いで君と行く
* * *
帰る二階堂の背を見送って1時間以上たった頃だろうか、怜花のスマートフォンが長めに震えた。この時間帯に震えるのは珍しくて画面を確認すると着信だった。LINEでのやりとりは何度かあったが、着信は初めてだった。おそるおそる画面をタップし、怜花は小さく深呼吸をしてから耳を研ぎ澄ませた。
「…もしもし。」
『美味しかった、全部。』
「え?」
『…怜花ちゃん、こんなに料理上手なんだね。美味しかった。』
「お口に合ったようで良かったです。」
『…また、食べたい。』
二階堂の声しか聞こえないということは、きっと外ではなく家の中にいるのだろう。静かに落ちた独り言のように、少しの切なさが見え隠れする声にすぐには反応を返せなかった。一度その言葉を飲み込んで、怜花はゆっくりと座椅子に腰掛け、口を開いた。
「それは、同じものをってことですか?それとも別メニューで?」
『別メニューもあるの?』
「…うーん、別メニューっていうか、レストランじゃないので食べたいもの作りますよ。何かありますか?」
『…俺、家庭の味みたいなメニュー、全然わかんなくてさ。』
「本当は食べる量的にシチューみたいながっつりしたものがいいんでしょうけどね。あんまり日持ちしないので…水分飛ばせるものばっかりにしちゃいました。」
『すごい。日持ちするかしないかとか、全然わかんないや。』
電話越しの声というのは、なんだか変な感じがした。物理的な距離は近くないのにいつもより近くに聞こえて、ただいつもよりも静かで元気がないようにも聞こえる。『美味しい』という言葉に安堵するのに、その『美味しい』という言葉には、ただ美味しくて嬉しい、幸せみたいな気持ちではないものが混じっているように聞こえてしまうのだ。ここに表情の情報までつけば多少はましになるのかもしれないが、音の情報しかないと少し不安になる。本当に美味しかったのか、と。
「あの…。」
『ん?』
「…なんか、無理して美味しいって言ってますか?」
『え、なんで?全然!すっごい美味かったから、それ言いたくて電話したんだけど。』
「本当にちゃんと口に合ってたんですね。ならいいんです。」
『…なんか、うさん臭く聞こえた?』
一度元気になった声がしぼんでしまったように聞こえる。二階堂は二人で話すとき、表情も声もわかりやすいと思っていた。しかしわかりやすかったのは表情の方で、声だけでは細かな感情がわからない。
帰る二階堂の背を見送って1時間以上たった頃だろうか、怜花のスマートフォンが長めに震えた。この時間帯に震えるのは珍しくて画面を確認すると着信だった。LINEでのやりとりは何度かあったが、着信は初めてだった。おそるおそる画面をタップし、怜花は小さく深呼吸をしてから耳を研ぎ澄ませた。
「…もしもし。」
『美味しかった、全部。』
「え?」
『…怜花ちゃん、こんなに料理上手なんだね。美味しかった。』
「お口に合ったようで良かったです。」
『…また、食べたい。』
二階堂の声しか聞こえないということは、きっと外ではなく家の中にいるのだろう。静かに落ちた独り言のように、少しの切なさが見え隠れする声にすぐには反応を返せなかった。一度その言葉を飲み込んで、怜花はゆっくりと座椅子に腰掛け、口を開いた。
「それは、同じものをってことですか?それとも別メニューで?」
『別メニューもあるの?』
「…うーん、別メニューっていうか、レストランじゃないので食べたいもの作りますよ。何かありますか?」
『…俺、家庭の味みたいなメニュー、全然わかんなくてさ。』
「本当は食べる量的にシチューみたいながっつりしたものがいいんでしょうけどね。あんまり日持ちしないので…水分飛ばせるものばっかりにしちゃいました。」
『すごい。日持ちするかしないかとか、全然わかんないや。』
電話越しの声というのは、なんだか変な感じがした。物理的な距離は近くないのにいつもより近くに聞こえて、ただいつもよりも静かで元気がないようにも聞こえる。『美味しい』という言葉に安堵するのに、その『美味しい』という言葉には、ただ美味しくて嬉しい、幸せみたいな気持ちではないものが混じっているように聞こえてしまうのだ。ここに表情の情報までつけば多少はましになるのかもしれないが、音の情報しかないと少し不安になる。本当に美味しかったのか、と。
「あの…。」
『ん?』
「…なんか、無理して美味しいって言ってますか?」
『え、なんで?全然!すっごい美味かったから、それ言いたくて電話したんだけど。』
「本当にちゃんと口に合ってたんですね。ならいいんです。」
『…なんか、うさん臭く聞こえた?』
一度元気になった声がしぼんでしまったように聞こえる。二階堂は二人で話すとき、表情も声もわかりやすいと思っていた。しかしわかりやすかったのは表情の方で、声だけでは細かな感情がわからない。