夜を繋いで君と行く
* * *

 あっという間に12月になった。11月の下旬は電話も一度も来なかった。

(…大丈夫ですかって、電話をしていいのか、わからない。)

 心配ではあった。だからといって彼女でも、家族でもない自分がどこまで踏み込んでいいのか、正直に言えば自信がなかった。自分は個人的に心配をしてもいい人だと胸を張って言えるとは思えなかった。

 今日は金曜日で、いつもの道を一人で歩く。そういえば金曜日に映画に行ったこともあったな、なんてことを思い出す。あれは9月だった。この奇妙な関係が始まって3ヶ月近くがいつの間にか経っていたらしい。今はもう、映画に行ったこと、一緒に夕飯を作ったことが幻みたいに思える。
 薄れていく、確かに。会わないということはそういうことだった。こうやって消えていった関係は思い出せるものとそうではないものが混ざっていて、深く考えると戻れないところにいってしまいそうで踏みとどまる。人と人との関係なんて名前のないもの、約束のないものばかりのように思う。見えなくて、名前も約束もなければ消えてしまってもきっとわからない。そんなとりとめもないことを考えると時々呼吸が苦しくて、目が熱くなった。
 この気持ちにも名前はない。考えたくないのに二人で歩いた場所を歩くと、鮮明に一つ一つが思い出されて余計に苦しくなった。ずっと、ただただ苦しい。冬の張りつめた空気が肺を冷やして、それだって息苦しい。

(明日か、ライブは。確か。)

 怜花はやっていないスマホゲームから派生したコンテンツだったはずだ。詳しくないからよくわからないが、かなり人気で出演声優も多いということくらいしか情報をもっていない。少し調べてみようと思い、風呂上がりに座椅子に座ってSNSを立ち上げた。いつもの流れでトレンドを確認すると、『男性声優熱愛発覚』という文字が一番最初に目に入ってしまった。すっと血の気が引いていくのを感じる。恐る恐るタップすると、詳細な記事が載せられていた。手の温度がないまま最後まで読み、そこにあったのは二階堂の名前ではなかったことに安堵する。どうやら明日のライブに出演する予定の声優であるということも相まって、SNS上では大騒ぎになっている。

『遊んでそうなイメージだったから特に驚かない~』
『ファンだったのにショックです。』
『明日ライブなのにどんな顔で出るわけ?』

 SNSには自分勝手な意見が並ぶ。理不尽だとは思うものの、これが現実だ。

(…載ったのが二階堂さんだったとしても、おかしくない。…おかしくなかった。)

 おかしくはないのだ。今回はたまたま、違う声優だったというだけの話で、二階堂は人の注目を集めながら生きる人。自分はただの、どこにでもいるありふれたOLだ。二階堂の代わりは、いない。私の代わりはたくさんいる。どちらが大事かなんて考えるまでもない。
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