大好きな旦那様が見えなくなってから、本当の夫婦になるまで
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嫁いで三年。
最初は突慳貪だった旦那様だったけれど、少しずつ私と時間をとってくださいって、一緒に過ごす時間が増えた。冷徹で笑わない旦那様は『氷の公爵』なんて呼ばれていたけれど、いつか微笑んで頂けるように支えようと結婚したときに決めた。
旦那様は口数こそ多くなかったけれど、眼差しや気遣いが増えて夫婦らしくなってきたと思う。
私の旦那様、ベルナルド・ラッセル・マルクヴェイは、公爵家を継いでおり私より二つ上の方だ。魔法学院で出会ったのがキッカケと家族に話しているが、実は彼のことは前世から知っている。
乙女ゲームの中でルートによって悪役あるいはシナリオの途中で死亡する重要キャラだった。終始突慳貪な態度で相手を射殺しそうな鋭い眼光、口元に笑みを浮かべることなど誰も見たことがなく、常に眉間に皺を寄せているツンドラキャラなのだ。デレがないところがミソである。
ツンドラだけど人間の血が通っていない冷血漢とは異なり、どちらかと言うと『悪即殺』なだけで、弱い者イジメはしないし、権力を私利私欲なことには使わない。優しさが見えにくいだけの残念(?)というか損をしてしまう人だ。
ゲーム画面でプレイしていた時もそうだが、この世界で見てきてやっぱりツンドラの言動は健在だったこともあり、そんな彼が大好きになった。自分から積極的に声をかけて、あしらわれつつも一年かけてずっと彼にアタックしたのだ。
親友のヒロインと悪役令嬢の力を借りて王太子や教員を巻き込み、勉強会、合宿、文化祭などのイベントを経て交際に至ったのはベルナルド様が卒業式の時だった。
日数で言えば三百六十日目の告白。ダメ元でも想いを伝えた結果、交際を認めてくれた。
それから二年後、私が卒業した段階で結婚。
結婚したときは本当に嬉しくて、幸せで。
だから結婚式の夜、急遽仕事が入って出て行ってしまった時も。
一緒にお茶する時間が付き合っていた頃から減ってきても。
年単位で隣国の視察に出て家を空けるとバツが悪そうに話した際も。
「行ってらっしゃいませ。……お帰りをお待ちしていますわ」
そうできるだけ明るく答えた。
大丈夫、ベルナルド様はマメな方だ。「手紙を寄越す」と気遣って下さった。
大丈夫、「今度、埋め合わせをしよう」とも言ってくださった。
大丈夫、結婚しても笑顔は見せてくれなかったが、それでも沢山のキスをしてくれたから。
耐えられる。
大丈夫。
大丈夫。
片思いで彼の背中を追いかけていた時よりも関係はずっと親密で──私は彼の妻なのだから。
妻として屋敷をしっかり管理すれば、帰ってきたときに旦那様も喜んでくれる。
褒めてくれるかもしれないし、私の時間を作ってくれるかもしれない。
だから執事のジェフと侍女長のハンナ、屋敷のみんなに支えてもらってこなしてきた。
今度旦那様が帰ってきたら屋敷でのんびりと過ごせるようにしておきたい。
そして誰よりも最初に「お帰りなさい」と言おうと決めていたのだ。
なのに──。
卵の殻が破れるような亀裂音が聞こえてくる。
もし殻が破けたら何が生まれるのだろう。
ただこの卵は、あるいは種は芽生えさせてはいけないのではない。
そう、なんとなく思った。でも、もう自分では止められないだろう。
意識が浮かび上がる感覚に「ああ、全部夢なのね」とぼんやりしつつも安堵した。