大好きな旦那様が見えなくなってから、本当の夫婦になるまで
ここまで来るのに俺だけは魔力を奪われなかったのは、シャルの無意識によるものか、あるいは種子を発芽させた原因が俺だからなのか。
ルディーの屋敷に着くと、研究所は巨大な樹木が空を穿たんとそびえ立っていた。研究所の書斎だった場所から、ルディーの復讐の経緯らしき日記があった。
ルディーの復讐の理由を聞いても「まあ、そうだよな」としか思わなかった。俺は人に嫉まれて、怨まれて、幸せになってはいけない人種だ。
一時でも、家庭を持つべきではなかった。そうすれば少なくとも、シャルを巻き込むことはなかったのだから。
彼女の存在が国家にとって排除しなければならない対象になった今、自分の感情は削ぎ落ちて、作業の一工程とばかりに彼女の胸に刃を突き立てる。
眉一つ動かないし、なにも響かない。
「ベルナルド……さ、ま」
「ああ、そうだ。随分遅くなってすまない」
シャルと目が合った。本当に久し振りに、俺の姿が映った。
彼女を抱きしめたが、温もりはなく冷たい。
世界樹と同化しつつあるのに、それでも待っていてくれたと思うのは、都合がよすぎるのかもしれない。怨んでくれていい。彼女にはその資格がある。呪って、罵って、憎悪と怨嗟のこもった眼差しを向けられても致し方ない。
そう思っていたのに──。
「ごめんな……さい」
どうして彼女が謝るのだろう。
全部、後回しと先送りにして、逃げていた俺が原因なのに。
仮面がどんどん剥が落ちて、感情が溢れてくる。
後悔と喪失と自分への怒りで、どうにかなりそうだ。
「謝るのは俺のほうだ。……お前を一人にして追い詰めてしまった。謝っても謝り足りない(シャルが好き過ぎて、眠ったあとこっそり寝顔を見ていたり、仕事の合間を縫って、シャルの姿を盗み見たり、会話しようとしても単調で、素っ気ないフリを続けた俺のせいだ。もっと会話をして、俺のヘタレ……クソダメなところを見せて……失望されたほうが……いや、失望とか嫌われたくない……ああ、クソッ、こんなんだから、こんなんだから俺はダメなんだ!)」
「ちが……。……だ」
違う。俺が全部台無しにしたんだ。
あの時、もっとシャルの思いを受け止めて、手を掴んでいれば。
ふと俺の胸元のポケットにしまっていた何かが、淡い色を放つ。
(これは──)
それは父様から手渡された《時戻しの懐中時計》だった。生涯で一度だけしか使えない我が家の切り札。両親が死んだ時は、何の変化もなかったのに。そう思い、父様の言葉を思い出す。
自分の大切な女、愛しい人の危機──。
今が、その時なのだと悟った。
鈍い音がした。
背後から凍結が溶けた木の幹が俺の体を貫く。返り血をシャルに浴びせるわけにも、彼女の攻撃だと悟られてなるものか。
彼女に殺されたことを、シャルに気づかせるものか。
「シャル。俺がもっと早くお前に明かしていれば……。でも、もう大丈夫だ(……俺はお前には殺されないし、俺もお前を終わらせたりはしない)」