片思い7年目
「富士山近い! すごいよ、千颯!」
「せやなぁ」
「なんかテンション低くない?」
私は傲慢にも、誘ったのはそっちなのだから最後まで楽しませてくれよ、なんて不満げに千颯を見つめた。新幹線を降りてバスに乗り継げば、いつも朧げに遠くに浮かんでいた富士山が、大迫力にそびえ立つ場所まで来ている。しかし、千颯はスマホばかり見ていた。私はなんだか恥ずかしくなって、大人しく千颯の横に座った。
「飽きたら帰っていいからね」
「俺だけ?」
私が頷くと、千颯はぶはっと吹き出した。
「なんでやねん。美代子置いて帰るわけあらへんやろ」
「でも、」
「好きな子と旅行に来れて嬉しくない男はおらへんで?」
千颯は私の両頬に手をあてて、こねるように動かしてみせる。私を見つめる優しい瞳と甘い言葉に、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「その、好きとか、惚れさせたる~みたいなの、もういいよ。嘘つかせてごめん。この旅行終わったら、私ちゃんと元気になるから……いてて」
思わず謝ると、千颯は黙って私の頬を引っぱる。眉間にしわを寄せて不機嫌そうに見えた。
「いひゃい」
「寂しいこと言うからや。俺、嘘つかれへんねんで」
奥の窓に広がるのは、息をのむほど美しい青空。それを背景に、千颯は私から視線を外さない。顔を固定されたままの私は、上手に目を逸らすこともできずに心臓がバクバクとうるさくなるのを感じていた。至近距離のイケメンに耐性がないのだ。
もし、これが優太とだったら、と無意識に考えてしまった。目が合わなくたって勝手にドキドキしていたのに、もっと近づいたらどんなに苦しくて甘い感情が生まれたんだろう。
バスの車内に、間もなく旅館の最寄りのバス停へ着くとアナウンスが流れる。やっと千颯は私を開放した。無言でバスを降り、千颯の後ろを歩く。周りは木々が伸び伸びと育ち、都会から隔離されたように感じる。人の気配もほとんどない。私はここにきて再び『異性と二人きりで泊まる』ことを意識してしまった。
「いや、異性って、千颯だし……友達だし……」
千颯に聞こえない声でぶつぶつと自分に言い聞かせる。私はまだ混乱しているんだ。今まで犬にしか興味がなかったのに、急に猫に構え構えと迫られては困ってしまう。動物なら何でもいいわけではないのだから。今まで眼中になかった猫をどう扱えばいいのか分からないのだ。
蝉の声を聞きながら歩き始めて約十分で旅館が見えてきた。すると、前を歩く千颯のスマホが電話を知らせる。画面を見て少し驚いたように見えた。電話に出たので、私は歩くスピードを落とす。
「ああ、さきちゃん、どうしたん? 電話なんて珍しいやん」
どんな子かは分からないけれど、相手は女の子らしい。私は強く自分に言い聞かせる。
「彼女もいるし」
確かに少しチャラいけど浮気をするほど落ちぶれた奴ではないと知っている。彼女は途切れないが時期がかぶったこともない。だから、この状況が浮気にあたるのでは? なんてこれ以上は考えない。彼女からしたら浮気でも、私たちは友達としてここに来たのだ、と大自然を相手に言い訳をした。
「せやなぁ」
「なんかテンション低くない?」
私は傲慢にも、誘ったのはそっちなのだから最後まで楽しませてくれよ、なんて不満げに千颯を見つめた。新幹線を降りてバスに乗り継げば、いつも朧げに遠くに浮かんでいた富士山が、大迫力にそびえ立つ場所まで来ている。しかし、千颯はスマホばかり見ていた。私はなんだか恥ずかしくなって、大人しく千颯の横に座った。
「飽きたら帰っていいからね」
「俺だけ?」
私が頷くと、千颯はぶはっと吹き出した。
「なんでやねん。美代子置いて帰るわけあらへんやろ」
「でも、」
「好きな子と旅行に来れて嬉しくない男はおらへんで?」
千颯は私の両頬に手をあてて、こねるように動かしてみせる。私を見つめる優しい瞳と甘い言葉に、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
「その、好きとか、惚れさせたる~みたいなの、もういいよ。嘘つかせてごめん。この旅行終わったら、私ちゃんと元気になるから……いてて」
思わず謝ると、千颯は黙って私の頬を引っぱる。眉間にしわを寄せて不機嫌そうに見えた。
「いひゃい」
「寂しいこと言うからや。俺、嘘つかれへんねんで」
奥の窓に広がるのは、息をのむほど美しい青空。それを背景に、千颯は私から視線を外さない。顔を固定されたままの私は、上手に目を逸らすこともできずに心臓がバクバクとうるさくなるのを感じていた。至近距離のイケメンに耐性がないのだ。
もし、これが優太とだったら、と無意識に考えてしまった。目が合わなくたって勝手にドキドキしていたのに、もっと近づいたらどんなに苦しくて甘い感情が生まれたんだろう。
バスの車内に、間もなく旅館の最寄りのバス停へ着くとアナウンスが流れる。やっと千颯は私を開放した。無言でバスを降り、千颯の後ろを歩く。周りは木々が伸び伸びと育ち、都会から隔離されたように感じる。人の気配もほとんどない。私はここにきて再び『異性と二人きりで泊まる』ことを意識してしまった。
「いや、異性って、千颯だし……友達だし……」
千颯に聞こえない声でぶつぶつと自分に言い聞かせる。私はまだ混乱しているんだ。今まで犬にしか興味がなかったのに、急に猫に構え構えと迫られては困ってしまう。動物なら何でもいいわけではないのだから。今まで眼中になかった猫をどう扱えばいいのか分からないのだ。
蝉の声を聞きながら歩き始めて約十分で旅館が見えてきた。すると、前を歩く千颯のスマホが電話を知らせる。画面を見て少し驚いたように見えた。電話に出たので、私は歩くスピードを落とす。
「ああ、さきちゃん、どうしたん? 電話なんて珍しいやん」
どんな子かは分からないけれど、相手は女の子らしい。私は強く自分に言い聞かせる。
「彼女もいるし」
確かに少しチャラいけど浮気をするほど落ちぶれた奴ではないと知っている。彼女は途切れないが時期がかぶったこともない。だから、この状況が浮気にあたるのでは? なんてこれ以上は考えない。彼女からしたら浮気でも、私たちは友達としてここに来たのだ、と大自然を相手に言い訳をした。