片思い7年目
「待って? え? 待って待って!?」
「なんや、興奮しすぎや」
「違う。動揺してるの」
「急に冷静やな!」
受付で渡されたルームキーはまさかの一つだけだった。部屋に向かうエレベーターで私はその意味を考えて酷く焦る。いや、まだ寝室が二つあればだいぶ安心できる。希望は残っている。
靴を脱いで襖を開けると畳の部屋が広がり、ふわりと香る懐かしい匂いに少しだけ心が落ち付いた。
「わあ! いいお部屋だ……ね……」
千颯の肩越しに寝室が見えた。和室の雰囲気を損なわないシンプルなデザインのシングルベッドが二つ並んでいるのが見えた。千颯は首を掻きながら、私の気持ちを察したかのように話し出す。
「いや、ちゃうねん。ほんま下心とかなくて」
「……うん」
「この部屋しか空いてへんくて……ほら、お盆やし、夏休みやし」
信じて? と小首を傾げて子猫のように私を見つめる。
「部屋が空いてなかったことだけは信じる」
「えぇ……襲わんから安心してぇや」
夜のことは夜に考えることにした。今ケンカをしてもせっかくの旅行が無駄になってしまう。それよりも、本題はこっちだ。傷ついた心を大自然に癒してもらいたかった。千颯といると気は紛れるが、どこか優太の顔がちらついてしまう。そもそも、結婚の話すら私はまだ上手く消化できていない。
「ふー……マイナスイオンだぁ」
「涼しいなぁ」
旅館で自転車を借りてサイクリングコースを巡った。途中、滝に寄り道して深呼吸をする。優太へのモヤモヤも千颯へ積もりつつあるイライラも全て吐きだして、新鮮な空気で体を満たしたかった。ふう、と大きな呼吸をする横で千颯のスマホはいつまでも通知が鳴り止まない。
「電源切ったら?」
「んー、大丈夫」
私が大丈夫じゃないんだけど、という不満は飲み込んだ。体が少し重くなるのを感じる。相手はやはり彼女なのか、千颯は律儀にも即レスをしていた。もしかして、ここに来たのも記念日の下見だったりするのだろうか。スマホから目を離さない千颯を置いて滝に近づくと、勢いよく落ちる水の音が耳を塞いだ。
「何考えてるのか、分かんないや」
私を慰めるだけなら思わせぶりな態度はしなくてもいいじゃないか。それとも、ろくな恋愛経験のない私を落として遊ぶのは、これくらいテキトーでもできるということなのだろうか。
あの夜道、バスの中、千颯が時折見せた真剣な眼差しを思い出す。信じてみたい気持ちはあるのに「嘘はつけない」という言葉が嘘なんじゃないかと私は疑ってしまう。ひんやりと冷たい空気が体の奥に染みて、自然の一部になったかのように私は立ち尽くしていた。
「なんや、興奮しすぎや」
「違う。動揺してるの」
「急に冷静やな!」
受付で渡されたルームキーはまさかの一つだけだった。部屋に向かうエレベーターで私はその意味を考えて酷く焦る。いや、まだ寝室が二つあればだいぶ安心できる。希望は残っている。
靴を脱いで襖を開けると畳の部屋が広がり、ふわりと香る懐かしい匂いに少しだけ心が落ち付いた。
「わあ! いいお部屋だ……ね……」
千颯の肩越しに寝室が見えた。和室の雰囲気を損なわないシンプルなデザインのシングルベッドが二つ並んでいるのが見えた。千颯は首を掻きながら、私の気持ちを察したかのように話し出す。
「いや、ちゃうねん。ほんま下心とかなくて」
「……うん」
「この部屋しか空いてへんくて……ほら、お盆やし、夏休みやし」
信じて? と小首を傾げて子猫のように私を見つめる。
「部屋が空いてなかったことだけは信じる」
「えぇ……襲わんから安心してぇや」
夜のことは夜に考えることにした。今ケンカをしてもせっかくの旅行が無駄になってしまう。それよりも、本題はこっちだ。傷ついた心を大自然に癒してもらいたかった。千颯といると気は紛れるが、どこか優太の顔がちらついてしまう。そもそも、結婚の話すら私はまだ上手く消化できていない。
「ふー……マイナスイオンだぁ」
「涼しいなぁ」
旅館で自転車を借りてサイクリングコースを巡った。途中、滝に寄り道して深呼吸をする。優太へのモヤモヤも千颯へ積もりつつあるイライラも全て吐きだして、新鮮な空気で体を満たしたかった。ふう、と大きな呼吸をする横で千颯のスマホはいつまでも通知が鳴り止まない。
「電源切ったら?」
「んー、大丈夫」
私が大丈夫じゃないんだけど、という不満は飲み込んだ。体が少し重くなるのを感じる。相手はやはり彼女なのか、千颯は律儀にも即レスをしていた。もしかして、ここに来たのも記念日の下見だったりするのだろうか。スマホから目を離さない千颯を置いて滝に近づくと、勢いよく落ちる水の音が耳を塞いだ。
「何考えてるのか、分かんないや」
私を慰めるだけなら思わせぶりな態度はしなくてもいいじゃないか。それとも、ろくな恋愛経験のない私を落として遊ぶのは、これくらいテキトーでもできるということなのだろうか。
あの夜道、バスの中、千颯が時折見せた真剣な眼差しを思い出す。信じてみたい気持ちはあるのに「嘘はつけない」という言葉が嘘なんじゃないかと私は疑ってしまう。ひんやりと冷たい空気が体の奥に染みて、自然の一部になったかのように私は立ち尽くしていた。