推しの在る生活
〇月〇日
「それじゃ行ってくるね お昼ごはんは冷蔵庫に昨日の残りがあるから」
「炊飯器にごはんもあるし お味噌汁はインスタントのがまだあったはず」
玄関でヒールを履きながらわたしはいつものように彼に伝える
「冷蔵庫の中のものはなんでも使っていいし食べていいから なにがなくなったかだけは伝えてちょうだいね」
「なにもやっかいなことがなかったら定時に帰ってくるから いってきます」
「いってらっしゃい」
部屋から聞こえる彼の声を確認して部屋を出る
職場への電車に揺られながら夕飯のことを考える
1人分作るのも2人分作るのもさして労力は変わらないんだけどメニューには悩む
そんなに料理のレパートリーも多くないわたしにとって1週間と言えど献立には苦労したものだ
彼がわたしの部屋に越してきて1週間
彼の荷物は驚くほど少なくそれほど広くないわたしの部屋を圧迫することは殆どなかった
それでも執筆活動に使う机と椅子だけはそれなりの
スペースを要する
1LDKの間取りでわたしの生活スペースはリビングになった
机と椅子を置いた部屋はさながら仕事部屋のようだった
リビングは広さ的に余裕があったのが幸いだった
少なくともソファでは寝れるなと思ったのを覚えている
日々の生活のサイクルにも多少の変化はあったがわたしは彼の作品が一番に読めると言う特権に満足していた 彼の作品がこの場所から生まれると言う事実に興奮すらしているかのように
つまんない毎日 同じことの繰り返し
変わり映えのしない生活 独り身に対する偏見
身勝手な自分を顧みないくせに他人《ひと》のことはとやかく言ってくるやつら… 世の中クソだ
ほんと、そんなもんで溢れてる毎日
こんな世の中に誰も文句を抱かないのが不思議だった
くだらない事に気づかせないように与えられる娯楽
その娯楽は金儲けへと直結し、必死で働いた僅かなお金ですら吸い上げられる 腐ったシステム 社会…
ほんと疲れる…
そんなわたしにとって読書はくだらない日常から解放させてくれる時間を与えてくれた
読書に耽る際には周りを一切遮断して臨んでいた
そうすることでわたしは作品への理解を深められると同時に物語の世界へと没入できていた
本を読んでいる間はいろんな悩みから解放される
いつからか本を読むことはわたしの一番の楽しみになっていった
今のわたしは良い作品が生み出される手助けすらしている きっとわたしの行動は意義のある行為なんだと思う
彼の作品が評価された時に世間は知ることになる
まるでわたしはゴッホを支えたテオのようだ、と…
ーそんなこと望んではないけどー
昼休み彼から送られてきた作品を ひとり昼食時に読みながらわたしはそんなことを考えていた