義弟の甘い罠は壊れるほど狂おしく【長編版】
俺が宝堂家に来たのは、四歳の時だった。
母親である茉莉乃が、宝堂龍樹と結婚したからだ。
俺の本当の父親はわからない。調べたこともあったけど、戸籍に父親の名前はなかった。婚外子、というやつだ。茉莉乃は龍樹と結婚するまではずっと独り身で、いつも若い男と一緒に会っていた。そのたびに、邪険にされた。
宝堂の家はあたたかかった。
忙しいけれど包容力のある父さん、朗らかな家政婦の内村さん。
なにより、六歳年上の兄ができたことが嬉しかった。
兄さんは、急にできた兄弟に戸惑っていたみたいだけれど、幼い俺はそんなことはお構いなしに、いつもくっついて。そのうち表情の固かった兄さんも、少しずつ俺に笑いかけるようになってくれた。俺は、そんな兄さんが大好きだった。
父さんは、忙しい人であまり接点がなかったけれど、笑う時は豪快に笑う人で、楽しい人だなって思った。
内村さんは、最初兄さんのお母さんなのかな、と思ったけれど、「家政婦さん」というのを初めて知った。でも、茉莉乃が内村さんに任せきりで家事も何もしない人だったから、俺にとっても内村さんは母親のような存在だった。
けれど、茉莉乃の本質は何も変わっていなかったらしく──父さんの会社の金を使い込んでいたのがバレて、二年で離婚となった。
宝堂の応接室には、父さんと茉莉乃、それに弁護士の軽井沢さんが間に入ってくれていた。俺と兄さんも、苦い気持ちで部屋の隅に立っていた。
「嫌よ! 別れたくない! ねぇ、反省するから! お願い!」
膝をついて懇願する茉莉乃を見下ろして、父さんは難しい顔をしていた。俺も、子どもながらに見苦しさを感じていた。
使い込んだ金額がかなり大きかったらしく、父さんはそれを許さなかった。
「律……お母さんね、この家を出なきゃいけなくなったの。律はお母さんの子どもなんだから、ついてきてね?」
やっと手に入れた安寧の地を離れなければならないという現実が、俺を襲った。
ここを離れたら、茉莉乃と二人きりになったら、また振り回される日々になる。子どもながらに、そう感じていた。
「いかない」
「……え?」
「ぼくは、ここがいい! 兄さんと離れたくない! お母さん、いっつもぼくを邪魔者扱いするじゃないか!」
俺がそう言うと、茉莉乃は顔を真っ赤にして、今にも怒りそうな顔で俺を睨んだ。唇を噛み締めて見下ろされ、叩かれるかと思った。頑張って睨み返したけれど、怖くて兄さんにしがみついていたら、父さんと軽井沢さんが間に入ってくれた。
茉莉乃は去り際に、ぼそりと「呪ってやる」とだけ言葉を残して出ていった。
母親である茉莉乃が、宝堂龍樹と結婚したからだ。
俺の本当の父親はわからない。調べたこともあったけど、戸籍に父親の名前はなかった。婚外子、というやつだ。茉莉乃は龍樹と結婚するまではずっと独り身で、いつも若い男と一緒に会っていた。そのたびに、邪険にされた。
宝堂の家はあたたかかった。
忙しいけれど包容力のある父さん、朗らかな家政婦の内村さん。
なにより、六歳年上の兄ができたことが嬉しかった。
兄さんは、急にできた兄弟に戸惑っていたみたいだけれど、幼い俺はそんなことはお構いなしに、いつもくっついて。そのうち表情の固かった兄さんも、少しずつ俺に笑いかけるようになってくれた。俺は、そんな兄さんが大好きだった。
父さんは、忙しい人であまり接点がなかったけれど、笑う時は豪快に笑う人で、楽しい人だなって思った。
内村さんは、最初兄さんのお母さんなのかな、と思ったけれど、「家政婦さん」というのを初めて知った。でも、茉莉乃が内村さんに任せきりで家事も何もしない人だったから、俺にとっても内村さんは母親のような存在だった。
けれど、茉莉乃の本質は何も変わっていなかったらしく──父さんの会社の金を使い込んでいたのがバレて、二年で離婚となった。
宝堂の応接室には、父さんと茉莉乃、それに弁護士の軽井沢さんが間に入ってくれていた。俺と兄さんも、苦い気持ちで部屋の隅に立っていた。
「嫌よ! 別れたくない! ねぇ、反省するから! お願い!」
膝をついて懇願する茉莉乃を見下ろして、父さんは難しい顔をしていた。俺も、子どもながらに見苦しさを感じていた。
使い込んだ金額がかなり大きかったらしく、父さんはそれを許さなかった。
「律……お母さんね、この家を出なきゃいけなくなったの。律はお母さんの子どもなんだから、ついてきてね?」
やっと手に入れた安寧の地を離れなければならないという現実が、俺を襲った。
ここを離れたら、茉莉乃と二人きりになったら、また振り回される日々になる。子どもながらに、そう感じていた。
「いかない」
「……え?」
「ぼくは、ここがいい! 兄さんと離れたくない! お母さん、いっつもぼくを邪魔者扱いするじゃないか!」
俺がそう言うと、茉莉乃は顔を真っ赤にして、今にも怒りそうな顔で俺を睨んだ。唇を噛み締めて見下ろされ、叩かれるかと思った。頑張って睨み返したけれど、怖くて兄さんにしがみついていたら、父さんと軽井沢さんが間に入ってくれた。
茉莉乃は去り際に、ぼそりと「呪ってやる」とだけ言葉を残して出ていった。