MYSTIQUE
 ドライな新を相手に、吉田はひとしきり他愛のないことを話すだけ話すと、やっと席を立った。
「毎度ありがとうございます。またのご来店をお待ちしています」
「本当にそう思ってるのかねぇ」
「当たり前じゃないですか。お客様は神様なので」
「全く⋯⋯相変わらず、どこまで本音かわからない兄ちゃんだね。じゃ、ごちそうさん」
 のらりくらりと、吉田は帰っていった。
 その姿を見送ったあと、新は店の奥に向かって、
「由利。今日はもう閉めようか」
 そう言うと、由利は表に出てきて、
「あら、まだ早いんじゃない?」
「日が暮れてきたし、どうせ今日はもう誰も来ないよ」
 この店にやってくる客というのは、大体いつも同じ顔ぶれで、その時間もいつも同じようなタイミングだ。
「じゃあ、片付けましょう」
 店の奥へ戻る二人。
 新は、由利の腕を引き寄せると、とてもノーメイクには見えない妻の唇にそっとくちづけた。
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