クズ御曹司の執着愛

三時が近づき、引っ越し業者が来る前。

黙々と作業をしていた忠相が、手を止めて声をかける。

「どうだ。まだ手伝えることはあるか?」

「ううん、もうない」

「家具はどうする? 倉庫に入れておくか?」

「ううん。処分するわ」

もともと伊織の部屋には、家具らしい家具はほとんどない。

「……ベッドは、持って行っていい?」

「駄目だ」

即答だった。

「……え?」

思わず頬を膨らませる伊織に、忠相はきっぱり言い切る。

「ほかの家具はいい。だが、ベッドだけはだめだ」

(なによ、それ)

「ベッド以外で欲しいものがあるなら、買ってやる」

「……ねえ。その“してやる”って言い方、何とかならない?」
「仮にも私は、忠相の婚約者でしょう?」

むっとした表情で言うと、忠相は大きくため息をついた。

「……まず訂正しておく。仮じゃない」
「お前は、俺の“本物”の婚約者だ」

「……っ」

伊織は言葉を失い、視線を逸らす。

「お前にとって、いまだに俺はクズ男なんだろう。
「だったら、俺の言い方にも耐久性をつけろ」

「すごい開き直り……毎回、呆れてものが言えないわ」

「そう言いながら、ちゃんと返してくるじゃないか」

にんまりと口角を上げ、忠相が見下ろす。

「……ああ言えばこう言う」

肩をすくめる伊織に、忠相は口の端を上げた。

「俺たちの関係を深める、大事な会話だと思えばいい」
「言いたいことは、何でも言え」

「言ったわね!」

伊織は冗談めかして返す。

「じゃあ、婚約者らしく、優しく守ってもらいたいものだわ」

その瞬間、忠相の目が見開かれた。

気づけば、強く抱きしめられている。

「守ってやる。大事にしてやる。お前の問題は、全部解決してやる」
「だから……早く、俺のものになれ」

言い終わると同時に、唇を奪われた。
甘く、執拗で、逃げ道を与えない口づけ。

(だめ……こんな状況……)

そう思いながらも、抗う力は次第に削がれていく。
それが愛なのか、欲望なのか――
伊織には、まだわからなかった。

ピンポーン。

玄関のインターホンが鳴り、引っ越し業者の到着を告げる。

忠相は満足そうに、ゆっくりと伊織から離れた。


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