クズ御曹司の執着愛
会場を少し離れた場所で、美咲は小さくため息をついた。
「どうした?」
隣にいた龍之介が声をかける。
「……忠相が、かわいそうになってしまって」
「かわいそう?」
龍之介が片眉をわずかに上げる。
「彼は今も伊織のことが好きなのよ。学生時代からずっと」
「女性との噂が絶えぬ男にも、そんな一途な一面があったとは……意外だな」
龍之介はグラスを揺らしながら静かに言った。
「伊織だけなのよ、彼になびかなかった女子って」
「容姿も頭脳も申し分なく、家柄にも恵まれている。女性に囲まれるのは必然とも言えるだろう。……だが、それを“想い”と呼ぶよりは、“執着”と呼んだ方が近いのではないか?」
「いいえ、違うわ」
美咲は首を振った。
「忠相の視線はいつも伊織を追っていた。伊織が別の男子学生と一緒にいるのを見かけるたびにね……なんとも言えない表情をしていたのを覚えているの。あれは…好きな人を思うからこそ、だったわ」
龍之介は一瞬目を細め、そして短く息を吐いた。
「なるほど……。だが伊織も、容易には心を許さない強さを持っている。正面から向かえば、なおさら簡単には折れはしない」
会場を去る前に、伊織は上司でもあり社長でもある大塚に一言声をかけた。
「大塚さん、私、そろそろ帰ります」
「おう、伊織ちゃん。ありがとうね」
少し酔っているのか、大塚の顔は赤らんでいた。
伊織が勤める 大塚インテリアデザイン は、小さな個人事務所だ。
未経験だった私を唯一採用してくれた恩人でもある。
面接の時に言われた言葉を、今でも覚えている。
『給料は安いからね』
その通り、最初のころは泣きたくなるほど少なかった。
けれど必死に努力を重ね、研修や学びの機会を惜しみなく与えてくれたおかげで、今はそれなりの給料をもらえるようになった。
「あの……大塚さん」
「ん? なんだい、伊織ちゃん」
「滝沢グループとの仕事の件ですが……別の人と変わってもらうわけにはいきませんか?」
「どうして?」
「いや……私には荷が重すぎるかと」
大塚は目を丸くして、すぐに大きく首を振った。
「何をいまさら言ってるんだよ、伊織ちゃん。滝沢会長のご自宅までカーテンのコーディネートを担当したじゃないか」
「それはそうですが……」
「あのね、今回の件は会長直々のご指名なんだよ。他の人に変更なんて言ったら、うちの事務所がつぶれちゃうよ」
大塚は両手を合わせて拝むような仕草をした。
「あの人がどれだけの影響力を持っているか、伊織ちゃんもわかるでしょ。ね、だから……がんばってね」
伊織は思わず苦笑しながら、小さく頷いた。
会場を後にし、エレベーターが来るのを待っていた。
「……伊織」
背後から声がかかり、振り向いた瞬間、腕を掴まれる。
「ちょっと!」
驚く間もなく、忠相に引き込まれるようにして別のエレベーターに乗せられた。
扉が閉まり、エレベーターは静かに上へと昇っていく。
忠相は伊織の腰に手を回し、ぐっと引き寄せた。
「親睦を深めるって言ったろ? これから一緒に仕事するんだ」
低い声が耳にかかる。
「二十年も会ってなかったんだぞ。少しくらい、お互いのことをキャッチアップしないと、スムーズに進められないだろう」
「……仕事とプライベートは別よ」
「俺たちが提供するのは“住む空間”だ。住む空間って、プライベートそのものでもあるだろう?」
「それは……そうだけど」
忠相の口元に笑みが浮かんだ。
「だったら少し付き合え。ホテルのバーだ」
逃げ場を塞ぐような声に、胸の奥がざわめく。
腰に回された手を掴み、伊織は低く言った。
「……離して」
忠相は一瞬だけ目を細めたが、すぐにその手を放した。
「どうした?」
隣にいた龍之介が声をかける。
「……忠相が、かわいそうになってしまって」
「かわいそう?」
龍之介が片眉をわずかに上げる。
「彼は今も伊織のことが好きなのよ。学生時代からずっと」
「女性との噂が絶えぬ男にも、そんな一途な一面があったとは……意外だな」
龍之介はグラスを揺らしながら静かに言った。
「伊織だけなのよ、彼になびかなかった女子って」
「容姿も頭脳も申し分なく、家柄にも恵まれている。女性に囲まれるのは必然とも言えるだろう。……だが、それを“想い”と呼ぶよりは、“執着”と呼んだ方が近いのではないか?」
「いいえ、違うわ」
美咲は首を振った。
「忠相の視線はいつも伊織を追っていた。伊織が別の男子学生と一緒にいるのを見かけるたびにね……なんとも言えない表情をしていたのを覚えているの。あれは…好きな人を思うからこそ、だったわ」
龍之介は一瞬目を細め、そして短く息を吐いた。
「なるほど……。だが伊織も、容易には心を許さない強さを持っている。正面から向かえば、なおさら簡単には折れはしない」
会場を去る前に、伊織は上司でもあり社長でもある大塚に一言声をかけた。
「大塚さん、私、そろそろ帰ります」
「おう、伊織ちゃん。ありがとうね」
少し酔っているのか、大塚の顔は赤らんでいた。
伊織が勤める 大塚インテリアデザイン は、小さな個人事務所だ。
未経験だった私を唯一採用してくれた恩人でもある。
面接の時に言われた言葉を、今でも覚えている。
『給料は安いからね』
その通り、最初のころは泣きたくなるほど少なかった。
けれど必死に努力を重ね、研修や学びの機会を惜しみなく与えてくれたおかげで、今はそれなりの給料をもらえるようになった。
「あの……大塚さん」
「ん? なんだい、伊織ちゃん」
「滝沢グループとの仕事の件ですが……別の人と変わってもらうわけにはいきませんか?」
「どうして?」
「いや……私には荷が重すぎるかと」
大塚は目を丸くして、すぐに大きく首を振った。
「何をいまさら言ってるんだよ、伊織ちゃん。滝沢会長のご自宅までカーテンのコーディネートを担当したじゃないか」
「それはそうですが……」
「あのね、今回の件は会長直々のご指名なんだよ。他の人に変更なんて言ったら、うちの事務所がつぶれちゃうよ」
大塚は両手を合わせて拝むような仕草をした。
「あの人がどれだけの影響力を持っているか、伊織ちゃんもわかるでしょ。ね、だから……がんばってね」
伊織は思わず苦笑しながら、小さく頷いた。
会場を後にし、エレベーターが来るのを待っていた。
「……伊織」
背後から声がかかり、振り向いた瞬間、腕を掴まれる。
「ちょっと!」
驚く間もなく、忠相に引き込まれるようにして別のエレベーターに乗せられた。
扉が閉まり、エレベーターは静かに上へと昇っていく。
忠相は伊織の腰に手を回し、ぐっと引き寄せた。
「親睦を深めるって言ったろ? これから一緒に仕事するんだ」
低い声が耳にかかる。
「二十年も会ってなかったんだぞ。少しくらい、お互いのことをキャッチアップしないと、スムーズに進められないだろう」
「……仕事とプライベートは別よ」
「俺たちが提供するのは“住む空間”だ。住む空間って、プライベートそのものでもあるだろう?」
「それは……そうだけど」
忠相の口元に笑みが浮かんだ。
「だったら少し付き合え。ホテルのバーだ」
逃げ場を塞ぐような声に、胸の奥がざわめく。
腰に回された手を掴み、伊織は低く言った。
「……離して」
忠相は一瞬だけ目を細めたが、すぐにその手を放した。