クズ御曹司の執着愛
病院の白い光が、やけに眩しく感じられた。

診察室で医師がカルテを閉じ、穏やかな声で告げる。
「手首に擦過傷はありますが、骨や神経に異常はありません。数日で治りますよ」

伊織は胸の奥に溜めていた息を、ゆっくりと吐き出した。
隣で忠相が彼女の手を強く握りしめ、静かに頷く。

「……よかった」

その一言には、張り詰めていた緊張が解ける安堵と、なお消えきらない怒りが滲んでいた。



帰宅すると、玄関先には美咲と龍之介が待っていた。

「伊織!」

美咲が駆け寄り、何も言わずに彼女を抱きしめる。
その腕の温もりに、伊織の背中から力が抜けた。

龍之介は一歩下がった位置から、忠相に重い視線を送る。
言葉は交わさずとも、状況の深刻さは十分に伝わっていた。

忠相は深く息を吐き、伊織の肩にそっと手を置いた。
「……伊織。本当は、ずっとそばにいたい」

一瞬、言葉を探すように間を置き、続ける。
「だが、これから龍之介さんと会社へ行く。成島の件で、片づけなければならないことがある」

伊織の瞳が、かすかに揺れた。

それを見て、忠相は逃げずに言葉を重ねる。
「美咲先輩が、今日はお前についていてくれる。……すまない」

伊織は小さく首を振り、懸命に微笑もうとした。
「わかってる。……助けに来てくれて、ありがとう」

その言葉に、忠相の胸がきつく締めつけられる。
愛おしさと切なさが同時に込み上げ、彼はもう一度だけ伊織を抱き寄せた。

「終わらせてくる」
耳元で、低く短く囁く。
「……それから、必ずお前の傍に戻る」
忠相が背を向け、龍之介とともに玄関を出ていく。
その姿を見送りながら、伊織はそっと美咲の手を握った。

握り返される温もりが、まだ揺れている心を静かに支えてくれる。
伊織は深く息を吸い、胸の奥で小さく呟いた。

(……私は、一人じゃない)
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