クズ御曹司の執着愛
プライベートジェットは雲海の上を滑るように進んでいた。
機内に響くのは、一定のエンジン音だけ。
その静けさを破ったのは、真樹の声だった。
真樹は向かいのシートに腰を沈めたまま、忠相を見た。
「なあ、忠相。お前と伊織さんは、いつ結婚するんだ?」
忠相は、窓の外から視線を戻し、シートに深く腰を沈めたまま小さく息を吐いた。
「……まだです」
「まだ、ねえ」
真樹は眉を上げた。「どういうことだ? まさか、諦めるとか言わないよな」
忠相は即座に首を振った。
「そんなはずないじゃないですか。むしろ、これからもっと伊織と距離を縮めようと思っていた矢先に、この出張で……」
思わず、ため息がこぼれる。
「はあ……」
真樹は腕を組み、探るような視線を向けた。
「で? 伊織さんをちゃんと“囲って”るのか?」
「真兄とは違いますよ、俺は」
「ほう。どう違う?」
「……あなたほど強引じゃない」
そのやり取りに、隣のシートで黙っていた龍之介が低く笑った。
「それは同意だな。真樹、お前の美和子さんへの愛情は、正直、俺たちの理解の範疇を超えてる」
真樹は肩をすくめ、どこか開き直ったように言う。
「美和子が納得していれば、それでいいんだよ。俺は」
再び、機内にエンジン音だけが流れ込んだ。
忠相はその音を聞きながら、伊織の顔を思い浮かべていた。
――囲う、か。
その言葉の重さを、胸の奥で静かに噛みしめながら。
「伊織が言ったのは……」
忠相が静かに切り出した。
「俺に守られていることで、“安全”と同時に“不安”も感じている、ってことですよ」
龍之介が顎に手をやり、少し考える。
「安全はわかる。だが、不安はどこから来るんだ? それとも、何に対する不安なんだ?」
「俺が守れば守るほど……」
忠相は言葉を選ぶように、少し間を置いた。
「弱くて、受け身の人間になっていきそうだって。そう言われました」
「なるほどな」
龍之介は小さく頷く。
「伊織も、それなりに戦って生きてきたってことだろう」
「戦って……ですか?」
「我慢するとか、遠慮するとか。そういう形で、だな」
忠相は息を吐いた。
「……そう言われれば、確かに」
そのやり取りを黙って聞いていた真樹が、ゆっくり口を開いた。
「伊織さんは、一人きりでいた時間が長いだろう?」
忠相は黙って頷く。
「壁を崩すのは、簡単じゃない」
真樹は淡々と続けた。
「それはもう、伊織さん本人にしかできないことだ」
「……わかってます」
忠相は歯を食いしばるように言った。
「でも、それを見てるしかないってのは……正直、腹が立ちます」
「ほう」
真樹は口元を歪めた。「ちゃんと無力感を感じてるじゃないか。感心、感心」
「真兄、からかうのはやめてください」
「深夜に電話してきて、美和子との時間を邪魔した罰だ」
「それを言うなら」
龍之介が呆れたように口を挟む。
「真樹、お前、毎晩美和子さんと一緒にいるんだろ。たまには忠相の相談に乗ってやってもいいじゃないか」
「独占欲の強さは相変わらずだな」
真樹は悪びれもせず言った。
「忠相から電話が来たとき? ちょうど美和子を愛でてたところだ」
「聞きたくないぞ」
忠相と龍之介が、ほぼ同時に言った。
真樹は満足そうに笑い、忠相を指差す。
「これは貸しだぞ、忠相」
忠相は即座に言い返した。
「真兄にではなくて、美和子さんに借りがあるんですよ」
一瞬の沈黙のあと、龍之介が小さく吹き出した。
龍之介は、忠相の横顔を一瞥してから、肩の力を抜いたように言った。
「……あとは、美和子さんと美咲に任せておけばいいさ」
忠相は思わず、龍之介を見た。
「お前が踏み込みすぎないための、保険みたいなもんだ」
龍之介は淡々と続ける。
「同じ女として、同じ目線でしか触れられない領域がある」
真樹が小さく鼻で笑った。
「俺が言うより、よっぽど説得力があるな」
忠相は、シートに深く背を預けた。
胸の奥にあった焦りが、わずかに形を変えるのを感じる。
――任せる、か。
守ることだけが、答えじゃない。
その事実を、忠相はようやく受け止め始めていた。
機内に響くのは、一定のエンジン音だけ。
その静けさを破ったのは、真樹の声だった。
真樹は向かいのシートに腰を沈めたまま、忠相を見た。
「なあ、忠相。お前と伊織さんは、いつ結婚するんだ?」
忠相は、窓の外から視線を戻し、シートに深く腰を沈めたまま小さく息を吐いた。
「……まだです」
「まだ、ねえ」
真樹は眉を上げた。「どういうことだ? まさか、諦めるとか言わないよな」
忠相は即座に首を振った。
「そんなはずないじゃないですか。むしろ、これからもっと伊織と距離を縮めようと思っていた矢先に、この出張で……」
思わず、ため息がこぼれる。
「はあ……」
真樹は腕を組み、探るような視線を向けた。
「で? 伊織さんをちゃんと“囲って”るのか?」
「真兄とは違いますよ、俺は」
「ほう。どう違う?」
「……あなたほど強引じゃない」
そのやり取りに、隣のシートで黙っていた龍之介が低く笑った。
「それは同意だな。真樹、お前の美和子さんへの愛情は、正直、俺たちの理解の範疇を超えてる」
真樹は肩をすくめ、どこか開き直ったように言う。
「美和子が納得していれば、それでいいんだよ。俺は」
再び、機内にエンジン音だけが流れ込んだ。
忠相はその音を聞きながら、伊織の顔を思い浮かべていた。
――囲う、か。
その言葉の重さを、胸の奥で静かに噛みしめながら。
「伊織が言ったのは……」
忠相が静かに切り出した。
「俺に守られていることで、“安全”と同時に“不安”も感じている、ってことですよ」
龍之介が顎に手をやり、少し考える。
「安全はわかる。だが、不安はどこから来るんだ? それとも、何に対する不安なんだ?」
「俺が守れば守るほど……」
忠相は言葉を選ぶように、少し間を置いた。
「弱くて、受け身の人間になっていきそうだって。そう言われました」
「なるほどな」
龍之介は小さく頷く。
「伊織も、それなりに戦って生きてきたってことだろう」
「戦って……ですか?」
「我慢するとか、遠慮するとか。そういう形で、だな」
忠相は息を吐いた。
「……そう言われれば、確かに」
そのやり取りを黙って聞いていた真樹が、ゆっくり口を開いた。
「伊織さんは、一人きりでいた時間が長いだろう?」
忠相は黙って頷く。
「壁を崩すのは、簡単じゃない」
真樹は淡々と続けた。
「それはもう、伊織さん本人にしかできないことだ」
「……わかってます」
忠相は歯を食いしばるように言った。
「でも、それを見てるしかないってのは……正直、腹が立ちます」
「ほう」
真樹は口元を歪めた。「ちゃんと無力感を感じてるじゃないか。感心、感心」
「真兄、からかうのはやめてください」
「深夜に電話してきて、美和子との時間を邪魔した罰だ」
「それを言うなら」
龍之介が呆れたように口を挟む。
「真樹、お前、毎晩美和子さんと一緒にいるんだろ。たまには忠相の相談に乗ってやってもいいじゃないか」
「独占欲の強さは相変わらずだな」
真樹は悪びれもせず言った。
「忠相から電話が来たとき? ちょうど美和子を愛でてたところだ」
「聞きたくないぞ」
忠相と龍之介が、ほぼ同時に言った。
真樹は満足そうに笑い、忠相を指差す。
「これは貸しだぞ、忠相」
忠相は即座に言い返した。
「真兄にではなくて、美和子さんに借りがあるんですよ」
一瞬の沈黙のあと、龍之介が小さく吹き出した。
龍之介は、忠相の横顔を一瞥してから、肩の力を抜いたように言った。
「……あとは、美和子さんと美咲に任せておけばいいさ」
忠相は思わず、龍之介を見た。
「お前が踏み込みすぎないための、保険みたいなもんだ」
龍之介は淡々と続ける。
「同じ女として、同じ目線でしか触れられない領域がある」
真樹が小さく鼻で笑った。
「俺が言うより、よっぽど説得力があるな」
忠相は、シートに深く背を預けた。
胸の奥にあった焦りが、わずかに形を変えるのを感じる。
――任せる、か。
守ることだけが、答えじゃない。
その事実を、忠相はようやく受け止め始めていた。