クズ御曹司の執着愛
エレベーターを降り、長い廊下を歩く。
忠相の体を支えながら進むたび、ヒールの音がカツンと響いた。
「……ほら、もう少しだから」
伊織は努めて淡々と声をかける。
やっと辿り着いた部屋の前で、足を止めた。
「ここで大丈夫ね」
忠相はカードキーを取り出し、手元でしばらくもたついた。
見かねてカードを受け取り、差し込む。
「ありがとう。助かる」
ドアが開くと同時に、彼の低い声が耳に触れた。
部屋の中に彼を導き入れた瞬間、ふと背筋に冷たいものが走る。
……二十年前と同じ構図。
酔いつぶれた忠相を、結局ここまで送ってきてしまった。
伊織は手を放し、少し距離を取ろうとした。
その時。
伊織を見下ろす忠相の顔がすぐそこにあった。
低い声が耳をかすめる。
「伊織……あの時の雪辱を、果たさせてもらう」
真上から見下ろす顔の口角が、ぞっとするほど冷たく吊り上がっていた。
昨夜、ホテルを出てタクシーに乗り込んだ時、胸の奥に残っていたのは疲労とやるせなさだけだった。
翌朝、
キッチンでコーヒーを淹れながら、昨夜の出来事が頭をよぎる。
忠相の顔。
二十年ぶりに会っても、あの傲慢さも、女を見下す眼差しも、何ひとつ変わっていなかった。
「……クズ男は、何年たってもクズのまま」
小さくつぶやき、深いため息をついた。
気持ちを切り替えなければ。
今日は滝沢グループとの初めての打ち合わせだ。
逃げ場などない。
濃紺のジャケットに袖を通し、書類を鞄に入れる。
身支度を整えながらも、昨夜の忠相の顔と低い声が、何度も脳裏をよぎった。
『伊織、あの時の雪辱を、果たさせてもらう』
玄関を出る前に、もう一度だけ息を整える。
「大丈夫。私は仕事をするだけ」
自分にそう言い聞かせ、足早に家を後にした。
タクシーの窓越しに流れる街の景色は、いつもより遠く、重たく見えた。
滝沢ホールディングス本社。
ガラス張りの会議室に入ると、すでに数人の担当者が席に着いていた。
大きな窓から射し込む朝の光が、テーブルに置かれた資料を白く照らしている。
「森田さん、こちらへどうぞ」
案内された席に腰を下ろし、伊織は深く息を整えた。
これから始まるのは、滝沢グループの不動産プロジェクトに関する初回打ち合わせ。
彼女にとって、大きな勝負の場だった。
資料に目を落としながらも、視線の端で気配を感じる。
「……おはよう、森田さん」
低い声。
昨夜、ホテルの部屋で聞いた声が重なり、背筋が強張った。
ゆっくり顔を上げると、向かいの席に忠相が腰を下ろしていた。
スーツに身を包んだその姿は、昨夜の痕跡を微塵も感じさせない。
「沢口常務には、このプロジェクト全体をリードしていただきます」
司会進行の社員が告げる。
その言葉に、会議室の視線が一斉に忠相へと集まった。
彼は軽くうなずき、そして、伊織にだけ、わずかな笑みを向けた。
忠相は立ち上がり、スクリーンに投影された資料を指し示した。
「今回のプロジェクトは、ただの集合住宅ではありません。
私たちが提供するのは“住まい”であり、同時に“価値”です。
入居者一人ひとりのライフスタイルに応える柔軟性、それが市場における差別化につながります」
堂々とした口調、鋭くも落ち着いたプレゼンス。
会議室の空気を掌握していく様子に、担当者たちが次々と頷いていた。
伊織は資料に視線を落とし、静かにメモを取る。
だが耳に入る声が、昨夜ホテルの部屋で低く響いた言葉と重なり、胸がざわつく。
(……よくも、平然とこんな顔で仕事をしていられるわね)
冷静を装いながらも、心の奥で反発がじりじりと募っていく。
忠相は成功者の顔で未来を語る。
だが伊織には、その言葉の裏に潜む影が見えて仕方なかった。
忠相がプレゼンを締めくくると、会議室に一瞬の静寂が訪れた。
その空気を破ったのは、進行役の社員の声だった。
「……では、森田さん。インテリアデザインの専門家として、このたびのウインドウトリートメントのプランにどのようなご意見をお持ちですか?」
一斉に向けられる視線。
伊織の心臓がどくんと跳ねた。
昨夜の忠相の顔が脳裏をかすめる。
忠相の体を支えながら進むたび、ヒールの音がカツンと響いた。
「……ほら、もう少しだから」
伊織は努めて淡々と声をかける。
やっと辿り着いた部屋の前で、足を止めた。
「ここで大丈夫ね」
忠相はカードキーを取り出し、手元でしばらくもたついた。
見かねてカードを受け取り、差し込む。
「ありがとう。助かる」
ドアが開くと同時に、彼の低い声が耳に触れた。
部屋の中に彼を導き入れた瞬間、ふと背筋に冷たいものが走る。
……二十年前と同じ構図。
酔いつぶれた忠相を、結局ここまで送ってきてしまった。
伊織は手を放し、少し距離を取ろうとした。
その時。
伊織を見下ろす忠相の顔がすぐそこにあった。
低い声が耳をかすめる。
「伊織……あの時の雪辱を、果たさせてもらう」
真上から見下ろす顔の口角が、ぞっとするほど冷たく吊り上がっていた。
昨夜、ホテルを出てタクシーに乗り込んだ時、胸の奥に残っていたのは疲労とやるせなさだけだった。
翌朝、
キッチンでコーヒーを淹れながら、昨夜の出来事が頭をよぎる。
忠相の顔。
二十年ぶりに会っても、あの傲慢さも、女を見下す眼差しも、何ひとつ変わっていなかった。
「……クズ男は、何年たってもクズのまま」
小さくつぶやき、深いため息をついた。
気持ちを切り替えなければ。
今日は滝沢グループとの初めての打ち合わせだ。
逃げ場などない。
濃紺のジャケットに袖を通し、書類を鞄に入れる。
身支度を整えながらも、昨夜の忠相の顔と低い声が、何度も脳裏をよぎった。
『伊織、あの時の雪辱を、果たさせてもらう』
玄関を出る前に、もう一度だけ息を整える。
「大丈夫。私は仕事をするだけ」
自分にそう言い聞かせ、足早に家を後にした。
タクシーの窓越しに流れる街の景色は、いつもより遠く、重たく見えた。
滝沢ホールディングス本社。
ガラス張りの会議室に入ると、すでに数人の担当者が席に着いていた。
大きな窓から射し込む朝の光が、テーブルに置かれた資料を白く照らしている。
「森田さん、こちらへどうぞ」
案内された席に腰を下ろし、伊織は深く息を整えた。
これから始まるのは、滝沢グループの不動産プロジェクトに関する初回打ち合わせ。
彼女にとって、大きな勝負の場だった。
資料に目を落としながらも、視線の端で気配を感じる。
「……おはよう、森田さん」
低い声。
昨夜、ホテルの部屋で聞いた声が重なり、背筋が強張った。
ゆっくり顔を上げると、向かいの席に忠相が腰を下ろしていた。
スーツに身を包んだその姿は、昨夜の痕跡を微塵も感じさせない。
「沢口常務には、このプロジェクト全体をリードしていただきます」
司会進行の社員が告げる。
その言葉に、会議室の視線が一斉に忠相へと集まった。
彼は軽くうなずき、そして、伊織にだけ、わずかな笑みを向けた。
忠相は立ち上がり、スクリーンに投影された資料を指し示した。
「今回のプロジェクトは、ただの集合住宅ではありません。
私たちが提供するのは“住まい”であり、同時に“価値”です。
入居者一人ひとりのライフスタイルに応える柔軟性、それが市場における差別化につながります」
堂々とした口調、鋭くも落ち着いたプレゼンス。
会議室の空気を掌握していく様子に、担当者たちが次々と頷いていた。
伊織は資料に視線を落とし、静かにメモを取る。
だが耳に入る声が、昨夜ホテルの部屋で低く響いた言葉と重なり、胸がざわつく。
(……よくも、平然とこんな顔で仕事をしていられるわね)
冷静を装いながらも、心の奥で反発がじりじりと募っていく。
忠相は成功者の顔で未来を語る。
だが伊織には、その言葉の裏に潜む影が見えて仕方なかった。
忠相がプレゼンを締めくくると、会議室に一瞬の静寂が訪れた。
その空気を破ったのは、進行役の社員の声だった。
「……では、森田さん。インテリアデザインの専門家として、このたびのウインドウトリートメントのプランにどのようなご意見をお持ちですか?」
一斉に向けられる視線。
伊織の心臓がどくんと跳ねた。
昨夜の忠相の顔が脳裏をかすめる。