クズ御曹司の執着愛
(落ち着け……。今ここで私が示すべきは、プロとしての姿勢)

「はい」
伊織は姿勢を正し、手元の資料を軽く整えた。
「居住空間において、光と影のバランスは非常に重要です。
提案されているプランは開放感がある反面、プライバシーを守る工夫がまだ不足しているように思います。
ウィンドウトリートメントのデザインと機能を取り入れることで、住む人の生活感と安心感が両立できるはずです」

言葉が会議室に静かに落ちる。

一瞬の沈黙ののち、担当者の一人が「なるほど」と頷いた。
他の者も次々とメモを取り、議論が動き始める。

その様子を横目に、忠相が伊織を見ていた。
口元には笑み。けれどその奥の視線は、挑発のように鋭かった。

その時、忠相が軽く咳払いをした。
「……なるほど。だが、ウィンドウトリートメントにそこまでの付加価値があるのか?」

わざとらしく首を傾げ、挑むような視線を投げる。
「言い換えれば、デザイン一つで人の暮らし方が変わると、本当に言えるのか?」

会議室の視線が再び伊織に集まった。

(挑発してる……? こんな場で)
胸の奥がざわめくのを抑え、伊織は深く息を吸った。

「はい。変わります」
声は思いのほか落ち着いていた。
「例えば窓辺に射す朝の光を、やわらかく受け止める布を選ぶだけで、その一日の始まりは全く違ってくる。
逆に遮る必要がある時には、外からの視線や強すぎる日差しを断つことで、安心して暮らすことができる。
それは単なる装飾ではなく、“住む人の心の在り方”を支える役割になるんです」

言い切ると、会議室に再び沈黙が落ちた。

一瞬の沈黙ののち、担当者の一人が「なるほど」と頷いた。
他の者も次々とメモを取り、議論が動き始める。

忠相は笑みを浮かべていた。
けれどその目の奥には、昨日と同じ獰猛な光が潜んでいた。



打ち合わせが終わり、会議室の扉が開いた。
担当者たちが次々と退出し、廊下はざわめきに包まれる。

「森田さんは、少し残ってください」

背後から忠相の声が響いた。
伊織は一瞬ためらったが、周囲の目もあり、無言で頷くしかなかった。

やがて扉が閉まり、室内は静まり返る。
残されたのは、伊織と忠相だけ。

伊織は資料を抱え直し、冷静を装って口を開いた。
「……ほかに何のご用ですか、沢口常務」

忠相は椅子に深く腰を下ろし、わざとゆっくりとした仕草で両手を組んだ。
「常務なんて呼ぶな。……二人きりの時くらい、昔みたいに“忠相”でいい」

「公私混同はやめてください」
伊織は資料を抱きしめるように胸元に寄せ、きっぱりと言い放った。
「これは仕事です。名前で呼ぶのはやめてください。
聞き入れてくださらないのであれば、私はこのプロジェクトから抜けさせていただきます」

忠相の目が細くなる。
「……そんなことが出来るのか、伊織?」

「どういう意味ですか?」
声がわずかに震える。

忠相はゆったりと椅子に身を預け、口元に冷たい笑みを浮かべた。
「お前が抜ければ、お前の会社の存続は危機に陥る。そういう風に、社長からも言われているんじゃないのか?」

ぐっと胸の奥が詰まる。
大塚の顔が浮かんだ。
『今回の件は会長直々のご指名なんだ。他の人に変えるなんて言ったら、うちの会社がつぶれちゃうよ』

伊織は唇を噛み、悔しさに言葉を失った。
その沈黙を、忠相の視線が容赦なく射抜いていた。

「伊織。お前が言うように、これは仕事だ」
忠相は椅子に肘を置き、静かに言葉を続けた。
「だが、決定権は俺にある。会長は、この件に関して俺にすべての責任と権限を与えているんだ」

「……わかっています。そんなこと」
伊織は悔しさを押し隠すように、低く答えた。

「そうか。わかっているんだったら、俺の言う通りに動け」
忠相の声音が一段低くなる。
「これから会食として夕食に同行してもらうこともある。休日も、勤務時間も不規則になるぞ。……労働法に差し支えない程度でな」

真顔で告げられたその言葉に、伊織の背筋に冷たいものが走った。
仕事の仮面を被りながら、彼は容赦なく自分のペースに引き込もうとしている。

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