キミノオト

「ちょっとお手洗いいってくるからさ、そこのショップでも見ててくれる?」

解散するなり、優麻ちゃんは早足で離れていく。

ひとりになった私は、さっきのフラッシュバックのこともあって、ぼーっとしてしまう。

途端に、元カレが、龍也が近くにいるのではないかという不安に駆られはじめ、足がすくんだ。

大丈夫、こんなところにいるはずない、落ち着け。

ふいに思い出してしまったせいで、どんどん悪い方に思考が沈んでいく。

なんとか重い足を動かし、近くのベンチに腰掛けた

「大丈夫?一人?」

そう声をかけられ、顔を上げると男性が二人。

「具合悪いの?俺たちが休めるところまで連れてってあげようか」

そういって、腕をつかまれる。

「大丈夫です。友達を待っているので…」

「でも気分悪いんでしょ?解放してあげるよ」

「やめてください」

それでも腕は解放されず、むしろ強く引っ張られ、体が傾く。

この強引さ、龍也みたい。

こわい。

血の気がひいて、暑いはずなのに手足が冷えていく感覚がする。

倒れこみそうになったその時、ふわっと心地よい香りとともに、体を支えられる感覚がした。

「この子に何か用事ですか?」

少し高い、なぜか安心するその声。

「なんだ、友達って男かよ。行こうぜ」

「大丈夫ですか?」

男性たちが去っていったのを確認し、声をかけてくれる彼。

「ありがとうございます。でも、どうして陽貴さんが…」

さっき別れたばかりなのに、なぜ彼がいるのか。

「秘密」

そういって、唇に人差し指を当て内緒のポーズをとる姿に、どこか色気すら感じる。

あぁ、だめだ。

もっとこの人のことを知りたいと思ってしまっている自分がいる。

私は恋なんてしちゃいけないのに。

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