キミノオト
パタンとドアが閉まり、沈黙が流れる。
「あの、ライブお疲れ様でした。生まれて初めてこういう場所に来たんですけど、感動しました」
とりあえず何か言わなくては、と、声を絞り出す。
「ありがとう。俺かっこよかった?」
陽貴さんは嬉しそうな、でもいたずらっ子のような顔をしている。
この前と違って、敬語じゃないからか、少し距離が縮まったように錯覚してしまう。
「かっこよかった…です」
きっと私の顔は真っ赤だろう。
「ありがとう。見に来てくれてうれしかった」
「どうして私が来てること知ってたんですか?帰ろうとしたら、急にスタッフさんから話があるからついてきてって言われて、何か粗相してしまったのかと思いました」
「あぁ、ごめんね。俺たちのマネージャーなんだけど、普段からちょっと言葉が足りなくて」
申し訳なさそうにしている陽貴さん。
「応援してくれるファンの顔はちゃんと知っておきたくて、必ず会場全体を見るようにしてるんだ。そしたら、海音ちゃんがいた」
ゆっくり話しながらなぜか一歩一歩距離を詰めてくる。
それに反して後ずさる私。
「よく見えましたね」
「最初は、他人の空似かと思った。会いたいと思っていたから、そのせいで似てる人と見間違えたかなって。でも、間違いじゃなかった」
耳を疑った。
「え?会いたかったって…?」
「ずっと、海音ちゃんに会いたかった」
そうか、これは夢だ。
陽貴さんが私に会いたかったなんて、現実ではありえない。
なんて都合のいい夢だろう。
だけど…夢なら、私も自分に正直になってみようかな。