キミノオト

淹れたての温かい紅茶をテーブルに置くと、おいで、と手を広げる陽貴君。

素直に抱き着くと、優しく頭をなでてくれる。

「ああいうこと、多いの?はじめて会った日もだったよね」

「最近は、たまに声をかけられることはあるけど、あんな強引に連れてかれそうになったのは、あの時と今日だけ」

そう、私が普段一人行動しないのはこれも理由の一つ。

気が弱く、きっぱり断れない私。

ましてや、それが男性になるとさらに委縮してしまう。

優麻ちゃんからも、一人で行動するときは、防犯ブザーを持ち歩けって言われてる。

周りに迷惑をかけまくっている自分が嫌になる。

「最近ますますかわいくなってきたしね…声をかけたくなる気持ちもわからないでもないけど」

ぼそっとつぶやいた声は、落ち込み中の私の耳には届かなかった。

「とりあえず、なるべく一人で歩くときは、人通りの多い道を選ぶこと」

「わかった…」

私の返事に、おりこうさん、と笑う。

「陽貴君」

「どうしたの?」

「キスして」

私の突然のおねだりに硬直している。

普段、こんな大胆なお願いをしない私。

ずっと頭の中を龍也の姿がちらついていて、不安で、怖くて。

余計なものを消してしまいたい。

「わかった」

陽貴君も何かを感じ取ったのか、そっと頬に触れると優しく唇を重ね、一瞬で離れる。

私は陽貴君の首に腕を回すと、自分から唇を重ねた。

陽貴君は驚いていたけど、すぐに頭に手を回し、深くキスしてくれる。

しばらくの間、静かな部屋に唇を重ねる音だけが響いていた。
< 56 / 99 >

この作品をシェア

pagetop