隠れ婚約、社内厳禁!――分析女子と学び直し男子の甘口スクランブル

第5話_嘘の終わりと、本当の婚約

 十月初旬。審査会場のステージは、緊張の空気で張り詰めていた。大手商業施設の担当者や審査員たちが列をなし、各テナントの発表を待ち構えている。照明に照らされた壇上に、真由と純平は並んで立った。
 真由は深呼吸し、準備したスライドを映し出した。
 「私たち白波屋は、“同伴者割”を利用した施策によって来客数を確実に伸ばしてきました。こちらが数字と改善策の詳細です」
 スクリーンに棒グラフが並ぶ。来場者の増加、滞在時間の延長、購買率の改善――すべて分析と実行の結果だった。
 審査員の一人が手を上げる。
「データは素晴らしい。だが、ここに至るまで“ご婚約者”として活動されたとか?」
 会場がざわめく。真由の胸がきゅっと縮む。今ここで、どこまで話すべきか。逡巡が一瞬の沈黙を生んだ。
 その隣で、純平がマイクを握った。
 「……嘘の婚約でした」
 会場が息を呑む。
 「ですが――彼女に本当に惚れました。これは、もう嘘ではありません」
 ざわめきの中で、純平は続けた。
 「自分は、白波屋創業家の次男です。現場で学び直したくて、派遣として働いていました。評価は数字で、彼女の実力で見てほしい。だから今日まで身分を伏せてきました」
 その告白に、会場の空気が揺れる。驚きと戸惑い、そして興味。
 真由はマイクを受け取り、震える声で言葉を重ねた。
 「私は……彼が、数字では測れない“人の気配”を教えてくれました。分析だけでは届かない温度を、彼が隣で支えてくれたんです」
 会場に拍手が広がった。データと真心、その両方が審査員の胸を打った。
 「審査の結果――白波屋は入居合格です!」
 担当者の声に、場内は一斉に歓声に包まれた。
 発表後、本社ロビーに戻った二人を、匠と絵理が迎える。
 「よっしゃああ!」匠が天井を揺らすほどの声で叫び、絵理がすかさず手信号で✋を掲げた。
 「条件は三つよ。幸せにすること、幸せにされること、そして声量は控えめ」
 「へいっ!」匠が敬礼する。
 笑いが弾ける中、純平は小さな箱を取り出した。市場調査用ではない、彼自身が選んだ指輪だ。
 真由の左手に、正式に収まる。
 「これからは、隠さない婚約です」
 彼女の瞳が潤み、静かに頷く。
 こうして“隠れ婚約”と“隠れ御曹司”の二つの秘密は解かれ、甘やかな未来が約束された。
< 5 / 5 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:1

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

私を買ってくれた人は、世界を動かす男でした

総文字数/26,418

恋愛(ラブコメ)6ページ

第8回ベリーズカフェ恋愛小説大賞エントリー中
表紙を見る 表紙を閉じる
 閉店寸前の老舗ドレス工房で働く響は、工房ごと買い取った若き実業家・真叶と出会います。  派手で軽く見えるのに、危ない場所も、不利益も、響が傷つく前に先回りして潰してしまう男。けれどその守り方は、やさしさと支配の境目を何度も踏み越え、響を苛立たせます。  舞台は、箱根寄りの山の中腹にある旧女学校跡地。霧の入る教室、夜の温水プール、黄色い宝石トリフェーン、破れたドレスの裾、そして昔の少女が残した恋日記。過去と現在が交差する場所で、二人はぶつかり合いながら少しずつ惹かれていきます。  けれど周囲には「買われた女」という噂が広がり、響は恋心と、自分の仕事の名前を奪われる痛みのあいだで揺れます。  守られるだけでは終わりたくないヒロインと、守ることしか知らなかったハイスペ男子が、傷を隠さず光へ変えていく物語です。
初恋はまだ終わらない、隣の席で

総文字数/58,548

恋愛(ラブコメ)24ページ

第8回ベリーズカフェ恋愛小説大賞エントリー中
表紙を見る 表紙を閉じる
十年前、何も言わず町を去った初恋の人が、職場の撮影担当として戻ってきた。 生活情報誌の特集「ノンフィクションの恋物語」で、商店街の夫婦や家族の話を聞くたび、遠くのものだと思っていた恋が、毎日のすぐそばにあると気づいていく。 うますぎるのに硬い写真を撮る明と、守られる役から抜け出して、任される側になりたい編集者の麻美。喫茶店「文明」、古いアップライトピアノ、町の人たちの小さなぬくもりに背中を押されながら、二人は言えなかった過去と向き合い、大人になってもう一度、自分の言葉で恋を選び直していく。 笑えて、じんわり温かい読後感の恋愛小説です。
ラベンダーミストムーンストーンの花嫁

総文字数/66,063

恋愛(ラブコメ)20ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
 湾岸の高級ホテルで、マカロン職人の彼女がやらかしたのは――支配人候補の「超大事な資料」を水浸しにする失態。  怒鳴られる覚悟で頭を下げたら、返ってきたのは低い声の「結婚してくれない?」でした。しかも期限つき、同居つき、台所の皿洗い共同作業つき。  肩書きも値段も違いすぎる二人が、同じ冷蔵庫を開けて、同じ布巾で手を拭いて、言いそびれていた「ありがとう」を練習していく物語です。

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop