令和恋日和。 ~触れられない距離に恋をして~

第8話 支え合う約束




 土曜日の午後、吉川芙美は街の小さなカフェの窓際の席に座っていた。ガラス越しに差し込む秋の陽射しが、テーブルの上のカップをきらりと照らし、木製のテーブルに柔らかな光の模様を落としていた。カフェの中には、コーヒーの香りと客たちの穏やかな話し声が漂い、窓の外では街路樹の葉がそよ風に揺れている。芙美は、カフェラテの温もりを手に感じながら、向かいに座る三浦侑の顔をちらりと見た。

 こんな時間が、こんなにも心を満たすなんて。
 侑との関係が始まってから、芙美の日常は少しずつ色づいていた。温泉旅行での小さなすれ違いや和解、電話越しの温かな会話。それらが、まるで心のキャンバスに鮮やかな色を塗るように、彼女を温めていた。だが、最近の仕事の忙しさが、彼女の心に小さな影を落としていた。

「……最近、忙しそうだね」
 侑が、カフェラテを手にしながら、静かに言った。眼鏡の奥の瞳が、芙美の表情をそっとうかがっている。
「うん。部署のプロジェクトが詰まってて」
 芙美は笑顔で答えたが、その笑顔には少し疲れが滲んでいた。それでも、強がるような明るさを保とうとしていた。恋愛に慎重だった自分。侑に心配をかけたくないという思いが、彼女をそうさせていた。
 侑は、眉を寄せ、彼女の顔をじっと見た。
「無理してないか? 顔色、少し悪い」
 その言葉に、芙美の心が小さく揺れた。侑の声には、穏やかさと本物の心配が混じっていた。
「大丈夫。慣れてるから」
 つい口をついて出た言葉だったが、芙美は心の中で「あ、また……」とため息をついた。“平気です”と繰り返すのが、彼女の癖だった。人を頼るのが苦手で、いつも自分で何とかしようとしてしまう。その癖が、侑の前でも出てしまったことに、彼女は少し後悔した。


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