令和恋日和。 ~触れられない距離に恋をして~
第3話 距離の縮まり
週末の午後、吉川芙美はいつものカフェの窓際の席で、資料の整理に追われていた。テーブルの上には、広報用の書類とノートパソコンが広げられ、彼女の手はキーボードを軽く叩く。窓の外では、商店街を行き交う人々のざわめきと、子どもたちの無邪気な笑い声が響き合う。通り向かいのパン屋からは、焼きたてのクロワッサンの香ばしい匂いが漂ってくる。穏やかな日常の風景が、芙美の心をほんの少しだけ落ち着かせた。
だが、胸の奥では、いつものように小さなざわめきが広がっていた。
――三浦侑。
その名前が、ふとした瞬間に頭をよぎる。カフェでの最初の出会い、イベント会場での再会、そして商店街での偶然の邂逅。あの穏やかな微笑みと、眼鏡の奥で静かに光る瞳が、なぜか芙美の心に居座っていた。仕事で名刺を交換しただけの相手。なのに、こんなにも気になるのはなぜだろう。彼女は自分でもその理由がわからず、ただ、胸の奥で揺れる感情に戸惑っていた。
ふと窓の外に目をやると、歩道に、見覚えのある背の高い姿が映った。カジュアルな白いシャツにデニム、軽やかな足取りで歩くその姿は、紛れもなく三浦侑だった。スーツ姿の仕事モードとは違い、どこか親しみやすい雰囲気をまとっている。芙美の胸が、まるで小さな波が立ったように跳ねた。
「……また来るの?」
思わず声に出しかけた言葉を、芙美は慌てて飲み込んだ。自分でもその声に驚き、頬に熱が走る。すぐに小さく微笑み、気持ちを落ち着けようと深呼吸した。
その瞬間、侑がカフェのガラス越しに彼女に気づいた。軽く手を振って微笑むと、迷いなく扉をくぐって入ってきた。