令和恋日和。 ~触れられない距離に恋をして~

「吉川さん、こんにちは。偶然ですね」
 その声は、いつも通り低く柔らかで、どこか安心感を与える響きだった。芙美は一瞬言葉に詰まりながらも、笑顔で応じた。
「こんにちは、三浦さん。ほんと、偶然ですね」
 侑は彼女の向かいの席に自然に腰を下ろし、カフェオレを注文した。二人は軽い会話を始めた。仕事の話から始まり、この街の好きな場所、最近読んだ本や趣味の話へと話題が広がっていく。最初は少しぎこちなかった二人の会話も、冗談が飛び交ううちに、どこか軽やかなリズムが生まれていた。
 芙美の視線が、ふと侑の手元に置かれたカップに落ちた。カフェオレの湯気がゆらゆらと立ち上り、窓から差し込む淡い光を反射している。彼女は、なぜかその手に目を奪われた。すらりと長い指、仕事で使い込まれたような落ち着いた動き。
 ――手、冷たくないかな。
 そんな思いが一瞬頭をよぎり、芙美はハッとして視線を逸らした。自分でもその考えに驚き、胸がもどかしく締め付けられるような感覚に襲われた。こんな小さなことに心が揺れるなんて、まるで学生時代に戻ったような気分だった。彼女はカップを手に取り、コーヒーの香りに逃げるようにして一口飲んだ。

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