令和恋日和。 ~触れられない距離に恋をして~

第4話 心の距離



 翌週の平日、吉川芙美はいつものデスクに座り、パソコンの画面を眺めていた。画面には広報資料のデータが映し出されているが、文字はまるで霧の向こうにあるかのように、彼女の目にはほとんど入ってこなかった。彼女の手はキーボードの上に置かれたまま、時折、意味もなくカーソルを動かす。
 ――また、三浦侑のことを考えてしまう。
 先週末のパン屋の話。会議中に肩に触れられた、ほんの一瞬の温かさ。あの何気ない瞬間が、芙美の心に鮮明に焼き付いていた。思い返すたびに、胸の奥がざわつき、ほのかに熱を帯びる。まるで、ずっと閉じていた心の扉が、知らないうちに少しだけ開いたような感覚だった。
 三十二歳という年齢は、恋愛に対してどこか慎重にさせる。学生時代のような無邪気なときめきは遠い記憶だ。仕事に没頭し、友人の結婚や出産の話を聞きながら、自分の人生を振り返る日々の中で、恋愛はどこか遠い世界のもののように感じていた。なのに、侑の穏やかな微笑みや、柔らかな声が、彼女の日常に小さな波紋を広げていた。

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