令和恋日和。 ~触れられない距離に恋をして~


 その夜、芙美はアパートのベランダに出て、冷たい夜風に顔をあずけた。都会の光に少し霞む星空を見上げながら、今日の出来事を一つ一つ思い返した。美術展での静かな時間、侑の手の感触、夕暮れの道を並んで歩いた瞬間。どれも小さな出来事なのに、彼女の心は高鳴り、頬には自然と笑みが浮かんでいた。
 恋愛という言葉に、どこか遠慮していた自分。それでも、侑との時間は、まるで春の陽だまりのように、彼女の心を温めていた。この気持ちに名前をつけるのはまだ早いかもしれない。だが、この小さな衝撃が、彼女の日常に新しい色を塗り始めているのは確かだった。
 同じ夜、侑もホテルの部屋で、窓辺に置かれたコーヒーカップを手に持っていた。窓の外には、同じ星空が広がっている。彼の頭には、芙美の柔らかな笑顔や、肩に触れたときの彼女の少し驚いた表情が浮かんでいた。手に触れたときの感触、視線が合ったときの胸のときめき――それらが、侑の心に静かな火を灯していた。
 ――まだ始まったばかりだ。でも、確かに、何かが動き始めた。
 侑はコーヒーを一口飲み、スマホに映る芙美の名前を眺めた。口元に自然と笑みが浮かぶ。この出会いが、ただの偶然を超えて、何か特別なものになりつつある――そんな予感が、彼の心に静かに根付いていた。
 小さな触れ合いが、二人の心に確かな痕跡を残し、ゆっくりと、だが確実に、物語を動かし始めていた。この瞬間こそが、互いを特別に意識させる分岐点だったのだ。
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