令和恋日和。 ~触れられない距離に恋をして~

第7話 揺れる心



 月曜の朝、吉川芙美は駅前のカフェでコーヒーを買い、出勤の準備をしていた。カウンターで紙カップを受け取り、窓越しに街の風景を眺める。いつも通りの朝の喧騒――通勤する人々、商店街のシャッターが上がる音、通りを走る自転車のベル。変わらない日常の光景がそこにあるのに、芙美の胸の奥は、どこか落ち着かないざわめきに満ちていた。

 ――昨日、侑さんが少しそっけなかった気がする。
 週末の美術展でのひとときが、芙美の心に鮮明に残っていた。あの温かな肩への触れ合い、静かな会場で交わした会話、自然と近づいた二人の距離感。それらが、まるで春の陽だまりのように、彼女の心を温めていた。なのに、昨日のメッセージのやりとりで、侑の返信はいつもより短く、どこかよそよそしい気がした。たった数行の言葉に、芙美の心は小さな波で揺れていた。
「……私、気にしすぎかな」
 小さく呟き、芙美はコーヒーカップを手に持ったまま、そっとスマホをバッグにしまった。カップの温もりが掌に伝わるが、胸のざわつきは収まらない。侑との出会いは、偶然の積み重ねだったはずだ。カフェ、商店街、図書館、美術展――その一つ一つが、彼女の日常に新しい色を添えていた。だが、昨日の短い返信が、まるでその色を薄くしてしまうかのように、彼女の心に小さな影を落としていた。
 恋愛という言葉に、芙美はまだ遠慮があった。三十代に入ってから、仕事に没頭する日々の中で、恋愛はどこか遠い世界のもののように感じていた。なのに、侑の存在は、彼女の心に静かな波を立て続けていた。その波が、喜びなのか不安なのか、芙美自身にもまだわからなかった。

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