令和恋日和。 ~触れられない距離に恋をして~
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一方、三浦侑もまた、心の中で揺れていた。出張先のホテルの部屋で、朝の仕事の電話を受けながら、彼はふと昨日のことを思い返していた。忙しいスケジュールの中、芙美からのメッセージに、つい短く返事をしてしまった。あの瞬間、仕事のプレッシャーに追われ、余裕がなかっただけだ。だが、送信ボタンを押した後、ふと胸に引っかかるものがあった。
――まさか、あんなに意識している自分に戸惑うとは。
侑は、普段は冷静で、デザインの仕事に没頭するタイプだった。細部にこだわり、全体のバランスを見極める――それが彼の日常だった。だが、芙美との出会いは、その日常に新しいリズムを刻んでいた。彼女の柔らかな笑顔や、話すときに少し髪を耳にかける仕草が、なぜか頭から離れない。昨日のメッセージも、彼女に余裕がないと思われたくなくて、必要以上に気を遣ってしまった結果だった。
だが、芙美がその返信をどう受け取ったかまでは、侑は考えていなかった。彼女の心に小さな波を生んだことにも気づかず、彼自身の心は、温かさと戸惑いの間で揺れていた。
昼休み、芙美はオフィスの窓から街を見下ろしていた。窓の外には、ビル群の間に見える青い空と、遠くの街路樹が揺れている。彼女の手は、メールやチャットをチェックする動きを繰り返していたが、ふと止まり、ため息が漏れた。
「なんで昨日はあんな態度だったんだろう……」
侑の短い返信が、頭の中で何度もリプレイされる。忙しかっただけかもしれない。仕事の関係者として、ただの知り合いとして接しているだけかもしれない。なのに、芙美の心は、その可能性を考えるたびに落ち着かなくなった。自分でも、こんな小さなことに心を乱されるのが意外だった。
そんなとき、オフィスのドアが開き、同僚の美咲が小声で耳打ちしてきた。
「ねえ、芙美さん。昨日、三浦さん、ちょっと忙しそうだったって話してたよ。スポンサーとの打ち合わせが立て込んでたみたい」
芙美はハッとして、胸のもやもやが少しだけ薄れるのを感じた。
「そう……なんだ。ありがとう、美咲」
笑顔で答えたが、心の奥の不安は完全には消えなかった。忙しかっただけなら、なぜかほっとするのに、どこかで「それだけじゃないかもしれない」という思いが頭をよぎる。侑のあの穏やかな笑顔や、美術展での温かな触れ合いが、彼女の心に深く根付いていたからこそ、昨日の距離感が余計に気になってしまうのだ。