令和恋日和。 ~触れられない距離に恋をして~


  ***


 その夜、芙美は帰宅途中に、いつもより少し遠回りをした。街灯に照らされた歩道を、一人でゆっくりと歩く。秋の夜風が頬を冷たく撫で、遠くで電車の音が響く。彼女はコートのポケットに手を入れ、心の中で何度も問いかけた。
「私、勘違いしてるのかな……」
 侑との時間は、確かに心地よかった。カフェでの会話、図書館での静かなひととき、美術展でのさりげない触れ合い。それらが、まるで心の奥に小さな火を灯すように、彼女の日常を温めていた。だが、昨日のそっけないメッセージが、その火に冷たい風を吹き込むようだった。自分の中で膨らむ期待と、裏切られるかもしれない不安が、胸の中でせめぎ合っていた。
 一方、侑もホテルの部屋で、仕事の資料に目を通しながら、ふとスマホを手に取った。画面には、芙美からの短い返信が表示されている。彼女のメッセージも、いつもよりどこか控えめだった。
 ――忙しかっただけなのに、誤解されてるかもしれない。
 その思いが、侑の胸に小さな不安を芽生えさせた。彼女の柔らかな笑顔や、美術展での少し驚いた表情が、頭に浮かぶ。自分でも気づかないうちに、芙美の存在が、彼の心に大きなスペースを占め始めていた。
 ――やっぱり、ちゃんと会って話した方がいい。
 侑はスマホを握りしめ、窓の外を見た。夜空には、細い月が静かに浮かんでいる。その光が、彼の心に芽生えた温かさと、微かな不安を照らし出していた。



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