令和恋日和。 ~触れられない距離に恋をして~

第8話 距離を越えて



 週末の午後、吉川芙美はいつもの街のカフェに足を運んでいた。先週の小さなすれ違い――侑のそっけないメッセージと、それに揺れた自分の心――が、まだ胸の奥に小さな影を落としていた。気まずさを抱えながらも、今日こそはきちんと話したいという思いが、彼女をここに導いていた。カフェのガラス扉を押す瞬間、芙美は深呼吸して心を落ち着けた。
 扉を開けると、窓際の席に三浦侑の姿があった。白いシャツにカジュアルなジャケット、眼鏡の奥で穏やかに光る瞳。テーブルの上には、開かれたデザインの本とコーヒーカップ。彼が顔を上げ、芙美を見つけた瞬間、ほっとしたような笑みが浮かんだ。
「芙美さん、来てくれてありがとう」
 侑の声は柔らかく、どこか誠実な響きを帯びていた。その声に、芙美の胸が小さく跳ねた。気まずさで固まっていた心が、まるで春の陽光に溶けるように、ほんの少し解けた。

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