令和恋日和。 ~触れられない距離に恋をして~

第9話 日常に忍び込む恋




 週明けの月曜の朝、吉川芙美はいつものカフェでモーニングを楽しんでいた。窓際の席に座り、トーストとコーヒーの香りに包まれながら、彼女はそっと窓の外を眺めた。駅前の通りには、通勤する人々や朝の買い物客が行き交い、いつもの日常の喧騒が広がっている。だが、芙美の心は、いつもとは少し違っていた。

 ――昨日、侑さんと歩いた帰り道。手を重ねた温もりが、まだ胸に残っている。

 その記憶が、彼女の心に静かな波を立てていた。街灯の下で交わした視線、軽く触れ合った手の感触。あの瞬間、言葉以上の何かが二人の間に流れた気がした。芙美は、コーヒーカップを手に持ちながら、思わず小さく微笑んだ。いつもの日常の景色が、昨日の夜の出来事によって、ほんの少し特別に色づいて見えた。通りを歩く人々の影も、朝の光に照らされた街路樹も、まるで彼女の心の軽やかなリズムを映しているようだった。
 恋愛という言葉に、芙美はまだ慎重だった。三十代に入り、仕事に没頭する日々の中で、恋はどこか遠いもののように感じていた。だが、侑とのさりげない時間――カフェでの会話、夕暮れの道を並んで歩くひととき――が、彼女の心に新しい色を塗り始めていた。この気持ちに名前をつけるのはまだ早いかもしれない。だが、その温もりが、彼女の日常を静かに変えつつあるのは確かだ。



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