令和恋日和。 ~触れられない距離に恋をして~

第15話 初めての心からの触れ合い



 夜の街。吉川芙美は、ほのかな緊張を胸に抱きながら、待ち合わせのカフェの前に立っていた。街灯の光が歩道を柔らかく照らし、遠くで響く車の音や、通りを行き交う人々のざわめきが、夜の空気に溶け合っている。今日は、侑と二人でゆっくり過ごす最後の夜。この街での出張が間もなく終わる侑との、特別な時間が待っていた。
 ――今夜は、もっと近くに感じたい。

 その思いが、芙美の心を軽く高鳴らせた。彼女はコートの襟を整え、深呼吸してカフェのガラス扉を押した。店内は、柔らかなオレンジ色の灯りに包まれ、木製のテーブルや壁に飾られた小さな絵画が温かな雰囲気を醸し出している。窓際の席に、すでに三浦侑が座っていた。白いシャツにダークグレーのジャケット、眼鏡の奥で光る瞳には、いつも通りの穏やかさと、どこか特別な温かさが宿っていた。
「芙美さん、来てくれてありがとう」
 侑が立ち上がり、穏やかな笑顔で手を差し出した。その声に、芙美の胸が小さく跳ねた。
「こちらこそ……」
 彼女は微笑みながら、差し出された手にそっと触れた。指先から伝わる温もりが、まるで心の奥まで届くようだった。二人は窓際の席に座り、柔らかな灯りに包まれながら、夕食のメニューを手に取った。


 夕食が運ばれてくると、二人は軽くグラスを合わせて乾杯した。ワインの深い色がキャンドルの光に揺れ、かすかな香りが漂う。会話は自然に流れ、仕事の話から、最近読んだ本、この街の好きな場所、そしていつしか互いの小さな思い出へと広がっていった。時折、笑い声がこぼれ、店内の静かな音楽と混じり合う。
 だが、会話の合間に小さな沈黙が生まれると、互いの視線が交わった。侑の瞳は真剣で、どこか深い優しさを湛えている。芙美はその視線に、胸がじんわりと温かくなるのを感じた。彼女の心は、まるで春の陽だまりにいるように、穏やかで、なのに高鳴っていた。


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