令和恋日和。 ~触れられない距離に恋をして~

第2話 再会の余韻




 イベントから数日が過ぎ、吉川芙美はいつものように出社し、デスクに向かっていた。パソコンの画面には、広報用の資料が映し出されている。地域イベントの報告書や、次回の企画案をまとめながら、彼女の手はキーボードの上を滑る。だが、ふとした瞬間に、その手が止まる。
 ――三浦侑。
 頭に浮かんだその名前を、芙美は慌てて振り払おうとした。たった一度、仕事で名刺を交換しただけ。カフェで偶然隣の席になっただけ。それなのに、なぜかその穏やかな微笑みや、眼鏡の奥の落ち着いた瞳が、頭の片隅にこびりついて離れない。彼女は自分でもその理由がわからないまま、胸の奥で小さなざわめきを感じていた。
 窓際の観葉植物に目をやる。モンステラの大きな葉が、朝の光を受けて静かに揺れている。その緑の鮮やかさに、芙美は小さく息を吐いた。
「私、なに考えてるんだろう……」
 独り言は、誰にも聞こえないままオフィスの空気に溶けた。彼女は自分を戒めるように首を振ると、資料に視線を戻した。仕事に集中しなければ。広報の仕事は、細かな調整やクライアントとのコミュニケーションが命だ。ミスは許されない。なのに、今日の彼女の心は、どこか浮足立っている。


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