愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~

第26話 接吻の罪、疼き蘇る妖気

 ……それから社の中で待つこと、どれほどの時間が経っただろう。

 布団をかぶせて、冷え切った身体をタキはずっと摩ってくれていた。だが、タキはその間、特に何も語りかけることはなかった。

 流れる時間は幽玄のようで、とてつもなく長く感じられた。不安ばかりが渦巻く。指先は氷のように冷たく、震えは収まらなかった。

(どうか無事でありますように……)

 冷えた手を擦り合わせ、季音は嗚咽をこぼしながらひたすら祈り続けた。

 すぐ戻ると言ったものの、蘢と朧が社に戻ってきたのは随分と時間が経ってからだった。
 二匹の帰りに居ても立ってもいられない気持ちが押し寄せる。季音は彼らが戻ってくるや否や、背にかけていた布団を払い、二匹のもとへ駆け寄った。

「龍志様は!」
「大丈夫です。命に別状はありません」

 蘢は静かに告げた。それを聞いて、胸に波立つ不安の渦は僅かに凪ぎ、季音は安堵に大きく息をつく。

「……それより、季音殿。具合は大丈夫ですか? まだ顔色が優れません」

 ――どうか無理なさらないでください。
 蘢は季音の背を宥めるように優しく摩る。

「私は大丈夫です」
「……そうですか。ならば、少し折入って話をしても良いでしょうか? とりあえず座りましょう」

 蘢は季音に肩を貸して座るよう促した。傍らで佇む朧とタキにも目を配り、皆が座るよう穏やかに示唆した。

 社の中で四匹は円座した。裸火(らか)の頼りない明かりだけの仄暗い社の中、神殿を背に正座した蘢は季音に視線を送る。

「……単刀直入に言ってしまいます。季音殿、お気づきでしょうか? 今の貴女は妖気を纏っています。貴女はこれがどういうことか分かりますか」

 静かで穏やかな口ぶりだった。だが、じっと季音を見つめる蘢の眼光は強く研ぎ澄まされていた。

 言われた言葉を季音は瞬時に理解できなかった。
 否、自分でも信じられなかったのだろう――ないはずのものがあると。季音は蘢の言葉を改めて認識すると、たちまち目を大きく(みは)る。

「うそ……そんな、私が? どうして?」

 思わず疑念を口にすると、蘢は首を振った。

「貴女が駆けつけた時からそれを(しか)と感じました。朧殿もタキ殿も分かっていたはずです」

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