愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 唇を食まれ、歯列に舌が這う。脚の間に身体を割り込ませ、覆い被さる龍志は、キネの頬をそっと撫で、後頭部に手を回した。吐息が絡み合い、熱い肌の感触がキネの心を乱す。

 逃げられない──反らすこともできない。
 それなのに、嫌ではないと思う自分が浅ましいとさえ感じた。

 恐怖もあった。妖とはいえ、人の男の力には敵わない。龍志の胸板を押し返そうにも、びくともしない。
 逃げられないと悟ると、身が戦慄き、目頭が熱くなり、キネの(まなじり)から大粒の涙がこぼれ落ちた。

「……泣くな。泣くほど嫌か? 男の床に入ったことはあるだろうに」

 濡れた花片を剥がすように、龍志は唇を離して言った。

 ──妖狐(ようこ)の雌は精気を喰らうため、人の男を惑わす。それはよく知られた話だ。
 昔、妖と人は深い関わりを持っていた。彼もその特性を知っているのだろう。それを言いたいのだと、キネはすぐに理解した。

 だが、言われると心が張り裂けるほど痛んだ。
 彼に惹かれているからこそ、こんなにも傷つくのだ。涙はみるみる濁流となった。

「……私、妖に成って、まだ一年も経ってない。誰にも身体を開いていないわ」

 嗜虐の対象にならないよう繕っていた言葉は崩れ、キネは嗚咽を漏らしながら切り出した。

「人と関わったのは龍志様が初めてよ。そもそも麓には近づかないようにしてたから。別に妖狐(ようこ)は人の精気を吸い上げたりしなくても生きれるの……私ね、変なの。狐の頃覚えてないの。妖気も無いから妖術も扱えない。出来損ないの落ちこぼれよ」

 ──なぜ妖になれたのかも分からない。生半可で愚図なまま、獣の思考のままなのだ。だから、深く絆を結んだ「つがい」でなければ交わりたくない。
 キネは嗚咽に声を震わせながら、心の内を告げきった。

 龍志はキネを抱き起こし、髪を梳くように優しく撫で始めた。指先が首筋を滑り、キネの心をざわつかせる。

「悪い。俺、本気で勘違いしてたみたいだ」

 案の定の答えだった。だが、心底申し訳なさそうなその表情と言葉に、キネは本心を感じ取り、心の奥がほの暖かく絆された。

「……私、初めて会った時から潜在的に龍志様が好きだと思うの」

 キネは心の内をあっさり告げた。だが、とんでもないことを口走ったと気づき、頬を紅葉のように赤く染めて首を振った。
 違う、と言いたいのに唇は空回りする。龍志は切れ長の瞳を丸く開き、きょとんとしていた。

「そうか? ありがとな」

 彼はくしゃっと笑んだ。その初めて見る柔らかな笑顔に、キネは呆然と見惚れた。
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