愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
「輪廻したとき、私が大事に持っていたそうです。過去の記憶のない私の唯一の手がかりで大切なものです。これを紛失してしまったから龍志様に出会ったようなもので……」

 キネは言えなかったことの一部だけを告げた。
 間抜けと言われるかと思ったが、龍志は「そうか」と短く答え、それ以上踏み込まなかった。

 キネが紙と簪を懐に大事にしまった瞬間、再び龍志に抱き寄せられた。と思ったのも束の間、ふわりと身が浮き、目を大きく見開いた。

「りゅ……龍志様?」
「よし。もう自分の部屋に行け。送ってやるだけだ」
「送るも何も五歩程度ですが……」

「誤解で組み敷いたことと接吻(くちづけ)の罪滅ぼしだ。だが、とりあえず忠告はさせろ」

「忠告?」
 キネが首を傾げると、龍志は吊り上がった瞳を細めた。

「……お前な、少しは用心しろ。俺からしてみれば、お前なんぞ耳と尻尾が狐なだけの面白可笑しい姿の女だ。見てくれは勿論だが、愚図な割に往生際の悪い根性がある所が可愛いと思ってつい虐めたくなる。そんな奴が隣に住んでることはよく覚えておけ」

 ――次に寂しいなんて夜半に部屋に入り込めば取って喰う。なんて、ばつが悪そうに付け足した。
 彼は襖を開け、キネを元の部屋の布団にそっと下ろした。

 可愛い。その言葉に、キネの鼓動は高鳴った。見た目だけでなく、劣等感を抱く愚鈍さを好きと言われたのだ。
 そんなことを言われるとは思わなかった。
 だが、「取って喰う」は次こそ容赦なく組み敷くという意味だろう。血の気が引く感覚を覚えたが、頬は煩わしいほどに熱い。

「ゆっくり休め。明日は寝坊も許す。俺も麓の村に出かける用事があるからな。日が暮れる前には帰るからそれまではゆっくりしてろ」

 諭すように言うと、龍志は襖を閉め、自室に戻っていった。
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