愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 すぐに視界に映った色彩は自分の毛並みにもよく似た白々としたものだった。だが、その白みは少しだけ黄の色彩が混じった月白(げっぱく)で──息をすることも忘れてキネは自分の真横に居る存在を見上げた。 

 自分より僅かに背丈の高い程度だろう。この世の者とは思えない程に麗しい顔立ちで、一見見ただけでは雄か雌かもわからない。 
 だが、喉元にある僅かな膨らみだけで雄だとわかった。少年と青年の中間──とでも言った風貌だ。 

 その装いはまるで巫覡(ふげき)のよう。紺に白を基調とした清楚な装いをしていた。 
 綿のようにふわふわとした長い月白(げっぱく)の毛髪は鬣のように広がり、その側頭部にはちょこんと短いの(いぬ)の耳が立つ。毛髪同様にふわふわとした太く大きな尻尾……その姿と気迫からキネは彼の正体をすぐに悟った。

 きっと先程の一匹だけ残された(いぬ)だろうと。 
 優しげな目元を彩るのは、赤く萌える山茶花(さざんか)に似た赤色。暖かい色の瞳ではあるが、瞳の奥底は冷え冷えとしていた。
 そんな視線があまりにも恐ろしく感じてキネは畏怖に唇を震わせながらゆっくりと言葉を紡ぐ。

「ごめんなさい。ただの妖の私如きが貴方をじろじろと見てしまい……」 

 きっと見られたことが不快だったのだろう。素直にキネは詫びた。 

 しかし、護る神の気配さえないあの廃社だ。まさかあの(いぬ)の魂が宿っているなど思いもしなかった。キネは、ガタガタと震えて俯いた。

「聞いた通りに、随分と愚図だ……」 

 形の良い水紅色(ときいろ)の唇が紡ぐ声は透き通ったものだった。
 赤々とした山茶花(さざんか)の瞳をジトリと細めた(いぬ)は一つため息をつくと仕切り直す。

「僕はただの(しき)だ。貴様が出て行くような真似をすれば引っ捕らえて連れ戻せと言われている」 

 ──式。と、言われた言葉を理解することができなかった。

「どういう……」
「主を知っているだろう。吉河龍志の名は……」 

 いまだに理解が追いつかなかない。
 吉河龍志──確かに、自分の恩人の名だ。()かれたことにキネは震え上がりながらも頷いた。 

 ……妖を見たことはある。と、彼は言っただろう。
 だが、社の(いぬ)に関しては霊獣に分類されるだろう。

 確かに見てくれは妖と大差はない。だが、その位置付けや格はかなり高いものだ。
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