愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 ──龍志はただの人の青年ではなかったのだろうか。キネは困惑した。
『主』と確かに(いぬ)は言った。それでは、この(いぬ)を従えているかのように思えてしまう。 

 まさか現人神だと言うのか……キネの思想はぐるりぐるりと混沌と渦巻いた。

「無礼を承知で尋ねます。龍志様は何者ですか。人ではないのでしょうか」
「式を従え、悪しき悪霊や妖を祓う──神通力を扱う陰陽師だ」 

 キネの思考はたちまち停止する。なぞるようにもう一度、彼女は(いぬ)の言葉を心の中で復唱した。

『妖を祓う』その言葉だけが嫌に心の中に残り、まるで重い岩のように心の奥底へ急速に沈下していった。

「私は……彼に殺されるのですか……?」 

 言葉に出した途端、身震いはより激しいものへと変貌した。 桜色の唇はたちまち赤みを失い青く冷える。
 白々とした肌も血の気は完全に消え失せ、青白いものに変わり果てた。

(あの親切も、昨晩の言葉も何もかも……自分を出し抜き貶める為の演技なの? 私は私は……殺される為に騙されたの?)

 理解が追いつかずキネは今にも卒倒しそうになってしまうと、 途端に(いぬ)に背を受け止められた。
 必然的に山茶花(さざんか)の瞳と視線が交わってしまう。
 しかし、相変わらずその瞳の中に暖かさを微塵も感じられない。 

「それは知らぬな。逃げた時には捕らえろとだけ命じられた。戻るぞ。逃げるのであれば、僕を打ち破って逃げるんだな。妖力も持たぬ狐如きに打ち破られることもないだろうが」 

 冷々とした口ぶりだった。
 抗えば殺されることくらい容易く理解できてしまう。逃げるなんて、きっと無謀。
 キネは瞬時にそれを悟り、黙って彼に従った。
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