愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~

第5話 〝使役〟される者

 ボロ屋に戻ったキネは自分に当てられた奥部屋で姿勢良く座り続けていた。 
 強制帰還から恐らく一時間以上が経過するだろう。

 陽はとっくに西に傾き始めていた。外はまだ明るいが、奥部屋は格子付きの丸窓が一つしかないせいで差し込む西日はあまりに頼りない。 
 極度の緊張状態の中とは言え、足はいい加減に痺れて今すぐにでも崩したくて仕方がない。

 しかし、自分の目と鼻の先──それも真っ正面で狛犬が威圧的に立ち塞がっている。

 少しでも姿勢を崩せば、喉笛を切られてもおかしくない。その証拠に、刃を鞘に納めてはいるものの、彼の右手はしっかりと短刀を握りしめているのだから。 
 キネは恐怖と痺れに悶えながら、ただこのときが過ぎゆくのを待っていた。

 ときより目を瞑り考えることは、勝手にここから出て行った言い訳だった。 

 ──急用を思い出した。そんないい加減なものは間違いなく通じるはずもない。
 あらゆる嘘を考えるが、どれもこれも間違いなく簡単に見抜けてしまうだろう。そんな考えの果てに『いい加減に帰らなくてはいけない』と、この事実だけは(しか)と伝えることを思った。 

 そもそも、自分は人と関わろうともしていない。悪事も働いていた覚えも、やましいことをした覚えもないのだ。近しいことは、彼にも昨晩言ったばかりだ。
 だからきっと、大丈夫だろう、話くらいは聞いてくれるだろう。
 そんな、僅かな希望を胸にキネは意を固めたと同時だった。玄関の引き戸を開く音を響いたのである。 
 足音はやがて、隣の部屋に向かう。そうして、襖を開くと同時に現れた龍志は、唖然と唇を半月型に開いた。

「ただいま……と、逃げたかやっぱり」 

 一拍置いた後、さっぱりとした口調で彼が言う。
 すると、立ち塞がる(いぬ)の瞳には暖かい光が射した。

「おかえりなさいませ。使命は(しか)と守りました!」 

 ……先程までの威圧はいったい何処にいったのだろうか。 (いぬ)は高らかに言って、帰宅した龍志の方を振り向く。 

 キネの目の前には彼のモフモフとした尻尾が映る。
 それはまるで、飼い主が帰ってきた飼い犬のよう。ブンブンと振り乱し彼はうずうずと落ち着かない様子を見せた。 

 あまりの変貌に、張り詰めた緊張の糸がプツリと切れてしまった。
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