愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
 キネはへたりと畳に尻を付けてポカンと口を開く。

「はいはい、いい子だ。〝イヌタデ〟はえらかった」 

 あまり感情の篭もらない口調で龍志は彼を褒めた。
 ワシャワシャと髪を撫でるその様はどこからどう見たって、飼い主と犬のよう。
 しかし、なぜだだろう……。どこかこの光景は、キネにも既視感があった。 

 キネはへたりと座り込んだまま、不思議そうに龍志とイヌタデと呼ばれる(いぬ)を交互に見上げた。その視線に気づいたのだろうか。 
 彼はイヌタデを撫でるのを止めて、やれやれと首を振る。

「しかしな……お前はやりすぎだ。従順でいてくれるのは、ありがたいがクソ真面目は大概にしろ。怯えているだろう。今のこいつは何も悪さなんぞできない」 

 半眼で言う龍志に、イヌタデの尾はシュンと萎む。

「ですが……」
「ですがもクソもない」 

 ──ほら、それしまえ。と、龍志はイヌタデに小刀をしまうように顎で示唆する。

「昨晩あんなことしちまったし、逃げることくらい想定していた。何も言わずに出て行ったなら、仕置きに明日は一日中草取りさせることも考えたが、ここまで怯えさせたじゃ気の毒すぎて何も言えねぇわ」 

 ──悪かった。と、彼は付け足すようにキネに詫びた。 
 まさか詫びられるなど思ってもいなかった。もはや色々と見当違いである。 

 イヌタデから龍志は妖を祓う者だと聞かされていた。
 きっと戻ってきたら折檻されるか、殺されるだろうと考えていた。
 それに……殺されるを免れる為に、言いたいことを全て一から整理していたというのに、それは見事一瞬にして何処かに吹き飛んでいってしまったのだ。

「……わ、私を、殺さないのですか?」 

 キネは思ったままを告げたと同時に、龍志は切れ長の目をこれでもかという程に瞠る。
 それから一拍も立たぬうちに──隣に立つ頭一つ分低いイヌタデの頭にゴチンとげんこつを落とす。

「キャンッ!」
 響く悲鳴は子犬の悲鳴のよう。畳の上でお座りの姿勢を取ってイヌタデは頭を抱えて(うずくま)った。 

 ……まったくお前は。
 ため息交じりに言って、龍志はまたもやれやれと首を振る。

「こいつが色々俺のことを吹き込んだみたいだが……お前を殺す気はない。人に害をなすような、悪いことなんてひとつもしていないだろ?」
「は……はぁ」 
< 20 / 145 >

この作品をシェア

pagetop