愚図な妖狐は嗜虐癖な陰陽師に甘く抱かれる ~巡り捲りし戀華の暦~
もはや、キネは何と答えて良いかもわからなかった。ただ安堵の一言だけである。
「ただな。この際言うが、俺はお前を山に返す気はなかった。妖力を持たぬお前は、狐の耳と尻尾が生えた面白可笑しな姿の人の娘と何ら変わらない。だから陰陽師の端くれの俺の監視下に置いておくことが…………」
「ですが私のことをきっと心配している友人がいます。山に戻らないと……戻りたいんです」
その言葉に、龍志は目頭を押さえて、ため息を一つ。
「悪い、無理だな」と小さく告げる。
「どうしてです……」
「お前はひと月以上は俺とともにおる。間違いなく人の匂いが染みついた。それは身体を洗おうが簡単には取れやしない。それで山に帰ったとしよう。さて、山の妖が人をどう思ってるかが問題だ」 静かに訊かれて、キネは眉を寄せた。「……人は恐れるべき存在です」「そうだ。故に山の妖たちの世界の調和が崩れる恐れがある」
つまりは、人の匂いを纏う自分が災いの火種となり、山の妖たちから攻撃を受けることも考えられるのだと。
「それに、お前の友人とやらが獣の妖だとすれば、妖気はなくともお前の匂いを辿ることはできるはず。つまり、大凡の居場所はとっくに把握している。あとは分かるな?」
散り散りになったものが全て結び付いた。
その全てが理解できた途端、キネは堪らず俯いてしまう。
──つまり、自分が何処にいるかも人に助けられたこともタキは把握しているのだ。そこを救い出しに来れば人の匂いが自分にも染み入ってしまう。それは、山の妖たちすべてを敵に回す恐れがあり助けられないのだと……。
全て分かってしまうと、どうしようもなく悲しかった。もうタキに会えないのだ。
だが、自分を救ってくれた彼を咎めることなどできない。
嗜虐的で危うい面はあるものの、龍志は本当に良くしてくれた。全て自分が悪い……自分の愚鈍さが招いたことに違いないのだ。
それを思えば思う程、眦は熱くなり、自分を責める他なかった。
キネが今にも泣きそうなことを悟ったのだろう。龍志はキネの前にしゃがみ込む。
「今更だ。起きてしまったことをクヨクヨ悔やむな。それで泣かれても俺は困る」
言葉は予想以上に冷たい。それなのに、彼はすぐに無骨な手を伸ばしてキネの髪を優しく撫で始める。
「ただな。この際言うが、俺はお前を山に返す気はなかった。妖力を持たぬお前は、狐の耳と尻尾が生えた面白可笑しな姿の人の娘と何ら変わらない。だから陰陽師の端くれの俺の監視下に置いておくことが…………」
「ですが私のことをきっと心配している友人がいます。山に戻らないと……戻りたいんです」
その言葉に、龍志は目頭を押さえて、ため息を一つ。
「悪い、無理だな」と小さく告げる。
「どうしてです……」
「お前はひと月以上は俺とともにおる。間違いなく人の匂いが染みついた。それは身体を洗おうが簡単には取れやしない。それで山に帰ったとしよう。さて、山の妖が人をどう思ってるかが問題だ」 静かに訊かれて、キネは眉を寄せた。「……人は恐れるべき存在です」「そうだ。故に山の妖たちの世界の調和が崩れる恐れがある」
つまりは、人の匂いを纏う自分が災いの火種となり、山の妖たちから攻撃を受けることも考えられるのだと。
「それに、お前の友人とやらが獣の妖だとすれば、妖気はなくともお前の匂いを辿ることはできるはず。つまり、大凡の居場所はとっくに把握している。あとは分かるな?」
散り散りになったものが全て結び付いた。
その全てが理解できた途端、キネは堪らず俯いてしまう。
──つまり、自分が何処にいるかも人に助けられたこともタキは把握しているのだ。そこを救い出しに来れば人の匂いが自分にも染み入ってしまう。それは、山の妖たちすべてを敵に回す恐れがあり助けられないのだと……。
全て分かってしまうと、どうしようもなく悲しかった。もうタキに会えないのだ。
だが、自分を救ってくれた彼を咎めることなどできない。
嗜虐的で危うい面はあるものの、龍志は本当に良くしてくれた。全て自分が悪い……自分の愚鈍さが招いたことに違いないのだ。
それを思えば思う程、眦は熱くなり、自分を責める他なかった。
キネが今にも泣きそうなことを悟ったのだろう。龍志はキネの前にしゃがみ込む。
「今更だ。起きてしまったことをクヨクヨ悔やむな。それで泣かれても俺は困る」
言葉は予想以上に冷たい。それなのに、彼はすぐに無骨な手を伸ばしてキネの髪を優しく撫で始める。